堀部和経 W.S. 数学 と その周辺 「自宅内」
1999年 「1月の日記」です。
Background figure :Horibe Kazunori

HOME「自宅」 「日記」の表紙
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@1999/1/31(日)
 昨日は、育友会の会議と新年会で帰宅が24時を回ったため、日記なし。
 よく飲んだが、今朝は8時すぎにすきっと起床。調子いい。寝るときは、二日酔いにならないといいなと、思って寝たのに。それが嘘のようだ。右足の違和感以外、快調だ。
 お昼頃、弟からコンピューターのスパーディスクを付け替えるので手伝って欲しいとの電話あり、午後出かける。割と簡単に取り付け完了。僕は横で口を出すだけ。弟も、難しくないねといって終了。
 ついでにイタリアみあげを持っていってくれと言われる。一つが大きなカタツムリのような形のパスタ(日本流ならマカロニのお化けみたいなもの)とサラミをもらう。ついでに、壊れたスパーディスクももらう。



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@1999/1/30(土)



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@1999/1/29(金)
 上の娘がスキー学校から帰ってきた。
 宿・食事などありとあらゆる事の不平不満の固まりのような、感想を聞きながら、我が家の夕食のアンコウとカキの鍋を食べた。
 スキーの宿の夕食はしゃぶしゃぶだったそうだ。なんと贅沢な、と思ったが、その夕食の肉の質と量のこと(量は多いという不満)、たれの味のこと(好きなごまだれなのに、その味について)、野菜の少なさ(モヤシが欲しいとか、白菜が最初から鍋に入っていたとか)の不満、加えて部屋の畳のすり減り具合、部屋の狭さ、インストラクターの先生が若い男の先生でなく女だったとか、部屋に時計がなかった、などなど・・・・、30分ぐらいずーと気に入らなかった事の報告を聞いた。
 けど、それは、そういう不満を言いたいのだなと感じた。本人はいやだったとは一言も言わなかった。
 まあ、中学2年の女子の典型なんだろうな、という感じを受けた。
 それにしても、よくあれだけ細かなことにも不平が言えるものだ。笑ってしまった。



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@1999/1/28(木)
 上の娘はスキー合宿、女房は飲み会の幹事でいない。母と祖母は早々と寝てしまった。リビングには僕と下の娘の2人きり。なんか久しぶりの雰囲気。2人でテレビを見る。僕は、球で作る立体模型の新作を、編み物をする母のようにしながら、テレビ観賞。2つ目の番組に、ハイビジョンでやっていた、「音楽劇 ブッダ」を見る。舞台の中継録画なんだが、なにやら変な構成の舞台。昔の言葉で言うならアングラ系とでも言えばいいのだろうか。
 しかし、娘は長いこと、集中して見ていた。それに、どうして知っているのか。釈迦の一生を良く知っている。ひょっとすると僕より良く知っている。変なやつだ。小5と言うのに。きっと、釈迦の伝記を読んだんだろう。娘の面白い面を発見した。
 新作の立体模型は、あと2日ぐらいで完成しそうだ。考えた通りにできつつある。このあたりが、気持ちいい。この時間が終わってしまうのが寂しいな。でも完成させないのもつまらない。うーん、どっちにしろ「うれしいな。」



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@1999/1/27(水)
 上の娘が明日から中学のスキー合宿に行くそうで、部屋で準備をしている。小学校5年の時から、毎年1回は、泊まりのある学校行事に行っている。子供の成長を感じる。なんだか少し寂しいな。しかし、だんだん大人になって行くんだろうな。そうだよ、早く大人になったくれないと困るもんな。



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@1999/1/26(火)
 右足の調子が良くない。15日に行ったスキーの後からだ。右足の膝は、何年も前に、スキーで転んでひどくひねった事がある。そのときは、一月ほど松葉杖を使っていた。その後、別に何もなく暮らせていたし、痛みもなくスキーも支障なくできていた。しかし、15日以後、何か違和感が膝にある。正座がしにくい。時々、きゅーとなる感じがする。少し不安だなー。
 


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@1999/1/25(月)
 「今日は、誕生日だ。」と女房に言ったら、「祥月命日みたいな、祥月誕生日なの。」と言われ、「そうだよー」。
 でも、「祥月」の本当の意味は違うのかな。
 勤めている、春日井高校のコンピューター同好会のみんなが、そろそろ春日井高校のホームページのプロトタイプを完成している予定。一度、どんなものか見ておかなくては・・・。



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@1999/1/24(日)
 昼までバレー部の練習のため出校。その前に、弟を小牧空港へ送る。一週間イタリアへ出張とのこと。ご苦労さんな事だ。パリ経由でローマへ18時間のフライト。弟も出張は別にいいが、飛行機の時間が長くていやだそうだ。そりゃそうだろう。一つの座席に座って10時間以上はつらいよな。10時間もあれば、ちょっとした工作なんか楽にできるもんな。
 昨日から、球で作った立体模型の新作に取りかかっている。こうご期待、と言うところだ。



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@1999/1/23(土)
 午後2時過ぎまで、模擬試験のため出校。帰宅途中に西部(西友)の紳士服オーダーの店に寄り、注文のズボン2本を取りに行く。
 帰宅してすぐ、女房と2人で、僕の紳士用靴を買いに、多治見の靴屋に行く。アシックスが作った、ウォーキングシューズの機能を持った紳士靴を購入する。形は、紳士靴だが、靴底全体や踵、その他の機能がスポーツシューズのノウハウを生かして作られている。軽くて履きやすい靴だ。2万2千円にて購入。
 僕の靴は、一足1980円程度の安い靴を履いていた。見た目も安いと分かってしまうものだ。けれど軽くてラクチンだった。今度のは、機能充実軽くしかも材質もいい。面白い靴が見つかった。いい買い物でした。
 夕食後、下の娘がボーリンクに行きたいと言い出す。どうも、昨日から女房には言っていたようだ。上の娘は行かないと言うので、女房と3人で、車で3分のボーリング場に出かける。3ゲーム1200円のセットを頼む。その上、ガーターレスレーンにしてもらう。(横の溝をバーでブロックしボールがガーターの溝に落ちないようにしてあるレーン)娘は、それにより最高98を出すことができた。僕は、なんと最高161ポイント、久しぶり。20年ぶりぐらいのいい得点をだす。コツをつかんだ。「ボールの着地点を、足下から4メートルほど向こうにするのだ。」すると、ボールはねらい通りのポイントに一直線に走っていく。ストライクばかりとはならないが、スペアーを7回ぐらいとることができた。今日は面白かった。今度来たときは、(いつになるか分からないが。)200ポイントを目標にガンバ。
 3ゲームも終わりが見えかけたとき、隣のレーンに、後輩の**君が家族連れで、ひょこっと現れた。あの夫婦とは、14年前進行旅行の飛行機が行き・帰りとも同じだった。変な因縁がある後輩夫婦なのです。それに、彼も昔はスマートだったのに、今は、僕と変わらぬ体型をしていた。なんか、少し悲しい感じがした。自分の事のようだ。



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@1999/1/22(金)
 やっぱり、電池を新品にするとノートパソコンも調子いい。コンセントからはずしても、ある程度の時間動いてくれないとね。そうでないと、ノートの意味は半減しちゃうものね。
 住商エレクトロニクス(株)のMathematica担当者からメールが届く。僕が待ちに待っていた、日本語版Mathematica Ver.3 への移行版、「日本語KIT」は、4万円だそうだ。高い、しかし、他に似たものはないし、買うしかないか。だいたい、英語版が9万ぐらいして、しかもそれは、Ver.2からのUPグレードでだ。そして、今回の半年以上待たせた、日本語化は、そのキットだけで4万円。うーん。愚痴を言ってもしょうがないか。
 僕が、Mathematicaの英語版をヘルプまで全部英語で理解できるなら、不必要だもんなぁ。英語力のなさに「反省」。中学時代の僕に「反省」。



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@1999/1/21(木)
 ノートパソコンの電池(Li-ion)を購入する。約2万2千円もする。やっぱりLi-ionの電池は高い。まあ、高性能の電池だからしょうがないとも言える。しかし、僕の電池が悪くならなくてもいいのに。
 新品の電池をノートパソコンに取り付ける。当然のことだか、充電率は0%。これから、数時間で100%になっていく。
 まあ、何にしろ新品は気持ちいいものだ。
 ところで、昨日デジタルビデオカメラの修理が済み家に届いていた。スキー学校に持っていって録画できなくなってしまった新しい方のカメラだ。今日、その包装をあけた。久しぶりのカメラ、なつかしい、あれ。
 な、な、なんと、包装のビニール(プチプチ潰したくなる、例のあれ)から、カメラの物と思われる、小さなネジがころりと一つ落ちてきた。どこのネジだ。ちゃんと直っているのか?どうなっているんだ。(少しパニック)
 でも、ネジがとれたところは何処にもない。いいのか、こんなんで。僕たちお客は不安になるぞ。でも、ホントにおかしなところもないし、動作も正常そうだし、まあいいか。
 あっ、あれ、なんか少しこすったあとのような傷もあるぞ。少し悲しい。
 そういえば、こんな事以前にもあったぞ。僕のノートパソコンは、上下に2分割できるタイプで、CD-ROMとフロッピードライブが下の部分に入っている。その部品がカラカラ音がするので、そっと分解してみるとネジが1本転がっている。とりあえず何処にもとれた形跡がないのでネジを保管して、下部を元通り直す。そして1月ほど使っていると、また同じ事が起こる。都合2本のネジはどこから来たのでしようか。全く不思議な事でした。そんな事が起こったにも関わらず、その後もノートパソコンは無事に働いています。そうそう、電池を除いてはね。



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@1999/1/20(水)
 「文芸春秋」に掲載された、立花隆氏の「二〇世紀 知の爆発」を読む。面白い、TBSの番組も放送されれば見てみたい。立花さんの書いたものは、僕にとって興味深いものが多い。つまり、同じような価値観を持っているようだ。だいたいいつも読んでいて心地よいのだ。「何だ、この意見は、馬鹿野郎」などと思うことがほとんどない。別の人々の文章だと、ある割合で、この言葉のような感覚を覚えることがある。また、寝る前に、「・・知の爆発」を読み返えそっと。
 夜7時15分から、小学校の育友会の会合があり、参加。今日は、約一時間で終了。1月30日(土)に、その会の新年会が催される。参加するかどうか尋ねられ、「参加」すると返事。
 先週から始まったのだが、毎木曜日に早朝補習を実施している。そのため、水曜は、まじめに早く寝ないと、木曜一日体が持たない。今日も、早めに寝る予定。早めといっても11時前程度だが。
 だいたいやりたいことが多すぎる。この性格を何とかしなくては。でも無理だよな。



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@1999/1/19(火)
 取り立てて何かあった、ということがない日であった。
 この間からインターネットエクスプローラとアウトルックエクスプレスの間のリンク(関係)がうまくいっていない。エクスプローラーの中のボタンからアウトルックが立ち上がらない。スタートボタンの横のボタンを今は使っている。
 今のマシンで、気になる調子の悪さはここだけぐらいだ。



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@1999/1/18(月)
 鞄購入。今まで、ノートパソコン用とその他の書類用鞄を2つ持っていて、毎日その2つを職場に持っていっていた。以前から、2個は面倒だなと思っていたが、なかなかいい鞄が見つからなかった。
 買ったのは、右にあるような鞄です。ノートパソコンと電源部と周辺機器との接続コード類や携帯電話用の電源などが一緒に持ち運べるタイプ。その上、個人の色々な持ち物も一緒に入れられるようになった、ポケットの数がめっちゃ多いものです。
 形はちょっと(だいぶ)ごついが、まあいいだろう。とにかくこれで、明日から「鞄一つでいい」ということになったのだ。
 作家の山根一真さんが考案した鞄が情報関連機器に興味のあるものにとっては欲しいものの一つにあると思うが、贅沢は言わないことにしよう。この鞄で、満足、満足。



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@1999/1/17(日)
 朝から学校、14時頃まで。その後、昼食に寿司。そして、家に帰る途中で散髪。
 散髪の間に僕は必ず眠ってしまう。あれは気持ちいい。極楽だ。髪の毛を切らなくていいから、シャンプーと、ひげ剃りだけで床屋に行ける身分になりたいものだ。ずーとむかし、一度行ったことがあるが、料金が同じだったので、髪を切るついででないともったいなかったなあ、という記憶だ。いまは、どうなんだろうか。
 セリーヌ・ディオンのチケットを、高蔵寺の「ピア」で購入。予想したとおりだが、ステージからはとんでもなく遠い席。一塁側5階席、オペラグラスでは役に立たないかも。ステージから概算100mは離れているかも、天体望遠鏡がいるかな。でも、倒立像になっちゃうのでつらいか。まあ、双眼鏡を必ず持っていこう。
 待てよ、5階席なら「ドームの屋根構造」がはっきり見えそうだ。手に取るように見えるかも。そうだ、「ドームの屋根構造」の見学を目的に付け加えよう。
 うーん、僕の未来は明るい。



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@1999/1/16(土)
 ゲートウエイ復活と昨日は思ったが、違った。どこか設定が変だ、モニターを調子よくするとLANの調子が変になり、LANの調整をしていると、モニターが消えてしまう。うーん、分からない。
 とりあえず、インターネットとメールは何とかうまく動いている。このまま、このまま。
 今日新聞に、セリーヌ・ディオンのコンサートの追加チケットを発売すると出ていた。電話しても無理かなと思ったが、なんと、3回目(1分以内)でつながった。そして、チケットがあるという。2枚続きのS席はないという。しょうがないので、A席を2枚予約する。
 売り出しのとき買えなくて、生協のチケット予約でも失敗したのに、こんな形で手にはいるとは、運がいい。
 コンピューターが調子おかしいぐらい、「ご愛嬌」としよう。
 2月3日(水)のナゴヤドームが楽しみだ、ドームに行くのも初めてだしな・・・。



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@1999/1/15(金)
 昨日の記載がないのは、ゲートウエイ・ダウン & 一泊小旅行 のため。
 スキャンディスクをし(これはOK)、その後デフラグ動かして出勤し、帰宅すると、CRTが真っ黒、省電力モードでもなく、反応なし、その後、息を吹き替えらす手だてをするが、時間なく終了。THE END.
 だいたい、昨日は、仕事が終わって、帰宅してから、18時に家を出発し、スキーに行く計画あり。大変忙しかった。修理する時間は実質30分、無理でした。
 木曽福島スキー場は、休日にしては空いていた、スキー場は一時の賑わいが一段落し、適正な客数になったのではないかと思う。一部経営の苦しいスキー場もあると思うが、他と差別化を計って生き残ってほしい。スキーだけ・ボーダーだけ、のゲレンデとかもっとはっきりさせていっていいのでは。と思っていたら、現実の方が進んでいて、そういうところが多くなっているそうだ。不況は、様々なところに陰を落としている。
 とはいっても、女房と2人だけのスキーは、ホント久しぶりでした。この前はいつだったか。とにかく、ずーと前でした。今日の木曽福島スキー場は、雪質もよく気持ちよく滑れた。また行こう。
 午後1時30分には木曽福島を出発し、3時30分には多治見の自宅に戻っていた。めちゃめちゃ早く帰ってこれた。上松バイパスの完成や、スキー場近くの国道のバイパスなどいろんなところで道が良くなっているおかげです。ありがとう。
 だから、ゲートウエイを復活させることができました。



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@1999/1/14(木)



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@1999/1/13(水)
 注文しておいたVHSテープの背ラベルが届いた。上の娘が、ビデオテープの整理のためにほしいと言っていたものだ。440枚分のラベルは、何日もつのだろう。
 帰宅すると、リビングが臭う。そうだ、納豆のにおいだ。上の娘がおやつに2パックも食べていた。食べ終わってだいぶ経つようだが、僕にとってはとてもたまらない。すぐに、換気のために窓を全面オープンにする。寒い、でも臭いより寒さの方をとる。あの臭いは、ホントに慣れないものだ。



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@1999/1/12(火)
 どうも、OCNネットワークの方のメールの設定が一部おかしい。調整したが失敗。どうしてなんだろう。
 とりあえず、久しぶりにMSNネットワークからメールを送ることにする。こっちは、うまくいった、POP3とSMTPの項目に何を入力すればいいのだろう。うーん。
 夜も遅いし、とりあえず、この日記をアップして寝よう。それがいい。



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@1999/1/11(月)
 昨日、変調をきたした。ISDNでの接続を回復しました。ふぅーっと。何とか設定し直せました。よかった、よかった。うまくいかなかったら、どうしようかと思ってた。LANなんか張るんじゃなかったと悔やむところでした。でも、復調してうれしい。
 春日井高校のホームページの制作をそろそろ開始しよう、かなっと、思っています。こちらの方は、コンピューター同好会のみんなが、いろいろ動いてくれそうなので、ありがたい。とりあえず、場所だけ確保してあります。
 こっちです。  春日井高等学校 ・ 仮 HOME PAGE



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@1999/1/10(日)
 LAN完成。ゲートウエイとAileは、めでたくつながりました。
 しかし、完成までは、ずいぶんと時間が必要だった。LANカードの認識とドライバの設定は、まあまあ簡単。LANボードの取り付けと認識、ドライバの設定は少し手間取るが何とか完成。問題は、LANの張り方であった。2台しか接続しないので、HABを使わないでやろうとしたのが間違い。そのときは、リバース接続のコードで直結すればいいのだが。間違えて、ストレートコードで接続したので、お互いに認識しないし、ゲートウエイは、一般保護違反とか色々な違反でダウンするし大変。
 そのことに気づいたのは、10日午前2時過ぎ、「(株)メルコ」のファックス情報を3種類合計10ページも取り寄せて、よく読み、そこで分かったのだ。朝、10時「栄電社」の開店と同時にリバースコードを購入し直し、完成。
 しかし、ゲートウエイが何度もダウンしたので、いろいろ設定を変えていたら、なんと、電話回線と繋がらなくなってしまった。だから、今日の日記は、Aileから、モデムでアップしています。
 ところで、今日12時から3時までJR名古屋駅近くのかに屋さんで、大学時代の研究室の新年会がありました。恒例の行事です。
 当然、参加してきました。なんと、その中に、トヨタのプリウスの開発に関係した後輩がいて、いろいろ話が聞けて面白かった。
 また、来年も行こう。



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@1999/1/9(土)
 昨日は、夜9時過ぎには眠りについていた。そのため、今日は、気持ち良く起床できた。
 今日も雪景色である。ウサギの「プイ」ちゃんを庭に放す。プイはウサギらしくすばしこく雪の上と、雪のない車の下を行ったり来たりして走り回っていた。
 プイは、生まれて2日くらいの、まだ目の開いていない時から育てたんです。育てるのには、苦労の連続でした。なかなか飲まないミルクを飲ませたり、ウサギの飼育方法を調べようと本を買ってきたりして育てた。だいたい、生後2日からの飼育方法なんて、本に書いてない。そうして、苦労して育てたウサギなので、人なつっこくて、呼ぶとすぐに近寄ってくる。   と言いたいのだが、犬と違ってそんなに人になれない動物なので、少ししてから(だいぶたつと)近づいてくる。まあ、それだけでもすごいと思う。
 本当は、プイの写真で年賀状を作る予定だったが、なかなかいい写真が撮れなくて、別バージョンにしてしまったのだ。
 話は変わって、夕方、「栄電社」でLAN(ローカル・エリア・ネットワーク)セットを購入してきた。全部で1万円弱。僕のゲートウエイ(デスクトップ,DOS/V)とNECのAile(ノート,PC9800シリーズ)をつなごうと思っている。
 本当は、RS232Cのリバースコードでつなぎたかったのだか。DOS/V同士のようにはいかないよ、とお店の人に言われて、LANを張ることにする。さて、うまく行くかな。これから、ちょっとゲートウエイをばらしてみよう。うまく行かないとたいへんだぞ。さあ、・・・・・・



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@1999/1/8(金)
 朝、女房の声「雪で、外は白いよ。」で起きる。今シーズン、多治見での初雪である。僕の四駆のエスティマは女房が乗っていく事になり、僕は、彼女のFFのプリウスで出勤することになる。雪や凍結路は、スダットレスタイヤを4本付けた四駆の車が安全である。だから、それは彼女が乗り、僕はスタッドレスを付けてはいるが、前輪駆動のプリウスと言うことになる。
 雪を心配したドライバーで、いつもより早い時間から込みだした。その上、ちょっと雪が降るとすぐに中央自動車道の多治見・小牧JC間は通行止めになってしまう。このことも国道がいつもより混む原因になっていると思う。



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@1999/1/7(木)
 自分を誉めてやりたい。どこかのマラソンランナーが言っていた言葉だが。私は、20年も前からずーと、自分を誉めてきた。今日も、そう思った。始業式の日になると、前日とはうって変わって、気持ちも、行動もシャキとし、気分爽快。一日、正しくは、半日少し仕事をしました。
 夕方から、スキー学校の打ち上げで、また春日井まで戻り一杯飲みながら、反省会。その後、珍しく即帰宅。
 女房も珍しく今日は、パーティとかで夜に外出。今年、野球のドラフトで広島カープに7位指名された、何とか大介君を小学校の5・6年の時担任していたとかで、声が掛かり参加。しかし、女房は、その誘いの電話を受けても、大介君がどこの高校に行っていたのかも、どの球団に入団するのかも知らなかったので、「ご存じのことと思いますが、先生が担任された、**大介君がプロ野球に入るのでパーティを開く・・・・」という電話に、参加の返事をしたのはいいが、それから、彼の情報集めに、私が借り出されたのでした。
 幸い、春日井高校の野球部の部長に連絡が取れ、聞いてみると、詳しく知っていて、丁寧に教えていただき、晴れて安心して、今日のパーティに参加と相成ったのでした。
 まあ、楽しそうに帰宅した女房の姿に、ほっとしました。
 その後の女房の一言、   「今度は、誰か、Jリーグにでも入らないかな。」
 私、「・・・・・」



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@1999/1/6(水)
 朝、目が覚めても、そのまま起きないで、また、惰眠をむさぼる。また、目が覚めても、またまた、惰眠をむさぼる。そうこうしていううちに、昼が過ぎる。ああ、こんな事ができるのも、今日までである。
 午後も何となくすぎ、夜も何となく過ぎる。
 溜まった領収書や納入確認書などを整理して夜も更ける。僕は、この手の書類が捨てられない。結婚してからずーと、電気・ガス・上下水道・電話(NTT・DoCoMo)・新聞などの領収書を全部残して整理しているのだ。この頃はちょっと忙しいので、グラフにはしていないが、数年前までは、123でグラフ化して楽しんでいた。そうそう、給料の袋や明細もすべてスクラップにしていて、もう何冊も給料袋だけのスクラップが溜まっている。一般企業ならグラフにするのもおもしろそうだが、県の教育職では、あまりにも一定していてつまらないのでやっていない。
 そうそう、僕の体重のグラフを追加する仕事が溜まっていた。6ヶ月くらいの間のデータを入力してグラフにしてみよう。体重そのものは、ずーと計っているので、そのメモを入力するだけだが、ちょっとさぼっていた。今日はこれから、これをしよう。



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@1999/1/5(火)
 昨日から、スキーに行っていた。女房と娘2人とで。小さい頃から、何度もつれていったのに、この頃はあまり行きたがらない。それどころか、「しょうがないから、ついていって、あげる。」という始末。私もしょうがないので、つれて行っている。「子供がもうちょっと大きくなったら家においておいて、女房と2人だけで何泊もスキーに行くぞ。」と心に誓う僕であった。
 不況のせいか、スキー人気の下落か、分からないがそんなにスキー場が込んでいない。うれしい。
 これからは、ヨーロッパのリゾートのようになるといいな。滞在型のリゾート観光で、スキー場もすいている、なんていう形になっていくといいな。
 スキーを一日中している日と、温泉に一日入っている日を、交互に何日も過ごす。うーん。早くそういう風な、場所・時間・環境・世間の状況が整うことを祈ろう。
 ところで、4日は「白樺湖ロイヤルヒルスキー場」で午後滑り。5日は「2in1スキー場」で午前中滑った。午後は、白樺湖付近や諏訪の町で、観光、その後帰宅。午後7時には、多治見に戻っていた。
そろそろ、仕事の事が頭の中で動き始めた。



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@1999/1/4(月)



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@1999/1/3(日)
 女房の実家に、娘2人をつれて、4人で行く。久しぶりだ。実家の駐車場がアスファルト鋪になっていた。砂利の時と比べると、やはり、駐車場らしくなった。ちなみに、実家は名古屋市天白区の東本願寺派のお寺です。
 お昼をいただいた後、猫をじゃらして遊ぶ、2人の娘と私が中心になって遊んでしまった。早めに帰宅する。
 早めに帰ったのは、6時から始まる、TV「LOVE LOVE 愛してる」のお正月特別番組(3時間もの)を見るためで、上の娘が光一君のファンなんだそうだ。
 ファン心理とはおもしろいもので、それによって生活のリズムまで変えなくてはならない。まあ、その気持ちはよくわかる。



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@1999/1/2(土)
 一応午前中に起きた。
 午後は、アルバムの整理をする。1年半分ほど溜まっていた。子供たちの顔は、今と一年半前を比べると、だいぶ変わっていることがわかる。僕と女房は余り変化なし。当然である。夕食後もその作業が続き、結局、夜9時頃終了する。
 10時から、ハイビジョンで「ラリーバートンのマジック」というようなタイトルの番組を見る。マジックは、僕の趣味の一つなので、大変興味深く見た。実は、昨日もBSでほとんど同じ番組をやっていた。それも見ていたのだが、何度見てもおもしろい。何か私がマジックをやる時のヒントにならないかと思っていたが、あまりにもうますぎて、ただ、ただ、感心するばかり。でも見てよかった。



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@1999/1/1(金)
 お昼に起きる。雑煮にお餅を3個入れる。年賀状の整理で午後は時間がなくなる。女房は、自分の勤める小学校の「アニマルランド」のウサギとニワトリの世話とかで、出校して仕事。その間に、夕食の準備を長女とする。弟一家と一緒に我が家で夕食。ここ何年かの定例夕食会。食材も毎年同じで、タラバガニとズワイガニのかに鍋。腹一杯の食事をしてしまう。ここ2ヶ月の減量が(パァー)になってしまったようだ。うーん、正月は魔物だ。いかん、いかん、という一日でした。
 バックの絵は、ペンローズの階段をもとに、連続的無限昇降階段を作ってみました。このシリーズの、はじめの一枚です。現在、VER.4を改訂中。来月ぐらいに一応の完成をさせたいと思っています。 



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