9月9日

 やはり早くに空港へ行かねばならない緊張感からか、4:30きっかりに目が醒める。この時間なら、まだまだ充分に余裕がある。ベッドを抜け出して洗面所へ行き、顔を洗って歯磨きして部屋へ戻ると、ちょうど林さんが起き出してきたところだった。ふたりして慌ただしく準備を済ませ、ロビーに下りていくと、香港人らしい同年代の女性がひとり、所在なげに佇んでいるのが目に入った。てっきり宿の従業員だと思っていたら、やはり旅行者で、空港へ行く人を待っているらしい。タクシー代が高いので、シェアする人を探しているのだ。カウンターの人はそう云って、もし良ければ彼女も空港まで乗せていってくれないか、と頼み込んできた。正直な話、タクシーをシェアする人はひとりでも多いほうが助かるので、否やはない。林さんが流暢な英語で承知した旨を伝えると、その女性は嬉しそうに荷物を抱えて附いて来た。
 宿を出ると、朝まだき薄明のなか、タクシーだけが往来を走っている。靄の中をヘッドライトが切り裂き、空港方面に向かって霞んでいく。この往来は朝、タクシーが多いんだと林さんは説明しながら、手を挙げて1台を停めた。慌ただしく荷物を積み込み、林さんは助手席に、ぼくと香港人の女性は後部座席に座って、ブリスベン空港へと向かう。
 ブリスベンは国際空港と国内空港が、ほぼ同敷地内にある。就航便もまずまずのようで、地方都市空港と切り捨てられない規模のようだ。香港人の女性は、カンタスで北に向かうという。林さんはニュージーランド、ぼくはアンセットでエアーズロック・リゾートだ。みんな降りるところはばらばらで、アンセットがいちばん遠くなので、ぼくが最後にまとめて料金を支払うことになった。
 タクシーの運ちゃんは饒舌で、ぼくたちのうちふたりが日本人であることを知ると、昔日本に少し住んでいた話を盛んにした。タクシー運転手というのは、万国共通で半分が饒舌、半分が無口なものらしい。「わたしは日本語が喋れる」という触れ込みなのだが、何を云っているのかよく判らない。日本語らしき言葉を喋っているというのが判別できる程度だ。まあ、こちらの英語も似たようなレベルなので、文句つける筋でもない。
 やがて薄闇の中に国際空港が浮かび上がってきた。林さんとは、ここでお別れだ。いろいろとお世話になったので、少し名残惜しいが、日本での再会を約してサヨナラした。本当に逢いたい気持ちはあるのだけれど、こういう約束は守られることが少ないのはなぜなのだろう。
 次に香港少女が降り、最後にぼくの番が来た。降りる際に、つい料金を紙幣で渡してしまったのが失敗で、向こうはこちらの語学力を踏んでいたのだろう、「サンキュー」と云って懐に仕舞ってしまった。朝早くでまだ脳が眠っている上、とっさのことで「釣りをくれ」の一言が出てこない。金魚のように口をぱくぱくしている間に、運ちゃんはさっさとぼくの荷物をトランクから降ろすと、街に向かって帰っていった。う゛〜、まあ、2ドルくらいの損失なんだけれども、なんか無性に悔しい。
 時間は5:20。Departureが7:10の便なのだが、国内線なのでそんなに早くCheck-inする必要はない。しかし、まあ、貧乏性だし、のんびりしていて遅れても大変なので、さっさとチェックインしてしまう。気分でバックパックも預けてしまい、本当に身軽になって待ち合いロビーに向かう。朝食がまだだったので、なにか軽食でも、と思ってる矢先、ちょうどカフェが開いたところに通りかかった。これでいいやと、サンドウィッチにコーヒーを注文して腹ごしらえする。これで$6.50ナリ。
 することもないので、さっさとウィング・ゲートに向かう。窓から外に目をやると、いままさに太陽が昇ってくるところだった。それに連れて、次第に空港全体も見渡すことができるようになってきた。やはり、さほど大きくはない。停まっている飛行機も、カンタスとアンセットがほとんどだ。考えてみれば国内線のゲートなのだから当然である。国際線のほうを見る機会もないので、どの程度の規模の空港なのかは、結局判らずじまいだった。
 ゲート前のソファーでぼけーっとしていると、次第にほかの搭乗客も集まってきた。見ると、明らかに日本人のツアー客、しかもオプショナル・ツアーでエアーズロックに行く一団が、現地ガイドの訓示に神妙になって聞き入っている。なんてことのない諸注意なのだが、ツアー参加者からは、「聞き逃して向こうで置いていかれたら、自分だけではどうしようもない」という危機感がひしひしと伝わってくる。おそらく語学ができないコンプレックスはぼくと共通するものがあるのだろうが、こっちにはその手の心配や悲壮感はほとんどない。多少の心配はあるが、それも「失敗したら、期限どおりに日本へ帰れないなあ。帰ったらすぐ仕事なのに、そうしたらどうしよっかな」程度のものである。楽観主義に過ぎるのだろうか。
 やがてBoadingの時間がやってきた。例によって一番乗りを目指したが、タッチの差で日本人観光客に奪われてしまった。ちっ。短い通路を抜け、機内に入る。ジャンボ機とは比べようもないが、想像した以上に大きい機体である。こっちが思っているよりも、エアーズロックへ行く人は多いのかもしれない。しかし、観光目的以外で行く人がいるとも思えないので、やはりオーストラリアの象徴的存在なのだとしみじみ考えてしまった。
 やがてエアーズロックへ向けて出発(7:15)。飛行機は一路西へと飛んでいく。朝早かったせいで、すぐうとうととしてしまったが、しばらくして目醒め、眼下を眺めると、一面の赤茶けた荒野が広がっていた。大鑽井盆地だ。なーんにもないところを、ただ一筋の道路のみが人間の存在を主張している。改めて、オーストラリアの自然の厳しさを確認した思いである。まもなく面積は広いが萎びた湖が見えてきた。おそらくエア湖だろう。シンプソン砂漠も見えてきて、こちらはちょっと立ち入る気が起きない一面の砂の原である。
 4時間近く飛んで、11:00にエアーズロック・リゾートに到着。東経150度から130度への旅だ。見当としては、日本から北京くらいだろうか?これが同じ国内なのだから恐れ入る。考えてみれば、大陸丸々ひとつが単一国家というのは、このオーストラリアだけなのだ。とんでもないことだ。
 シドニーやブリスベンとは比べ物にならない貧弱な空港に降り立つと、砂漠の風がサーっと吹きつけてきた。季節的に暑いということはないのだが、すぐ喉が痛くなるほど乾燥している。空港の周りは、見渡す限り砂、砂、砂。所々、申し訳程度に草が生えているだけの砂漠がそこにあった。砂漠に来たのは初めての経験だったので、ちょっと感激。でも、とにかく早くエアーズロックを拝みたかったので、さっさと空港を出てリゾートに向かうことにする。  空港備え付けの地図を見てみると、空港からこのあたり唯一の文明圏であるエアーズロック・リゾートまで、10数キロあるらしい。とても歩いていける距離ではない。いや、歩いていってもいいのだが、初めての砂漠をとぼとぼ歩く勇気はない。そこでリゾートまでの交通手段なのだが、タクシーかバスかレンタカーということになる。結論としては、バスが一番いいということになるだろう。エアーズロック・リゾートにあるホテル全てを回る無料送迎バスが空港から定期的に出ているからだ。とりあえずエアーズロック・リゾートに行きたいぼくとしては、願ったりのバスである。
 久しぶりの国際電話などをしている間にバスが行ってしまったので、一便待って乗り込む。やはりここにも日本人の姿がある。7〜8人の家族のようで、60いくかいかないかくらいの男性が話し掛けてきた。ぼくにはよく判らない感覚だが、異郷で同国人を見かけると安心するのかもしれない。適当に受け答えすると、あまり会話に乗り気でないことが判ったのか、その男性もそれ以上突っ込んではこなかった。
 5分ほどしてバスは出発し、約10分くらい走ってエアーズロック・リゾートに到着した。ここはエアーズロック観光のためだけに拓かれた街で、背後にエアーズロックの偉容が聳え立っている。エアーズロック周辺は、ウルル・カタ・チュタ国立公園に指定されていて、アボリジニの人たち以外の居住やキャンプは禁じられており、またエアーズロック・リゾートの隣町は、数百キロ離れたアリス・スプリングスしかない。要するにエアーズロック観光に訪れた人は、否応無しにエアーズロック・リゾートのホテルに宿泊するほかなく、つまり市場の寡占状態なわけで、よって異様に宿泊料金が高いという図式が成立する。いままでパッカーズホテルで節約してきた身としては、あまり泊まりたいという気を起こさせない地である。そもそも観光地化された街というのは、非常にお好みでないのだ。とはいうものの、砂漠の真ん中で野宿するわけにもいかないので、どんなものなのかリゾートの観光案内所に行ってみることにする。
 街といっても、周囲1キロ程度の小さな居留地で、その中心にあるのがショッピング・スクエアだ。いかにも観光地然としていて、レストランと土産物屋、観光案内所などがまとまって建っている。清里の駅前を想像してもらうと判りやすいかもしれない。まさにあんな感じなのだ。ただ、スーパーが観光案内所の裏にあるのはちょっと異質、というより面白い光景である。確かに、観光客相手に商売をする人たちも住んでいる道理で、そういう人たちにとって、この地は陸の孤島もいいところだ。また、パッカーズホテルとかキャンプ場なんかもあるようだから、ちょっと見た感じでは結構繁盛しているようだった。ぼくもお世話になることにしようと決める。
 ぐるっと歩いて周った後、観光案内所に行く。いくつものパックコースの案内パンフが溢れているが、ぼくが求めているのはそういう物ではない。入口で中を見回すと、あったあった、左手にHertz、右手にAvis、そう、レンタカー会社である。オーストラリアは日本の免許証で運転できると聞いていたので、レンタカーを借りて、車中泊を決め込もうという算段なのだ。さっそく、近くのハーツに訊いてみることにする。

 「くるまを借りたいんだけど、日本の免許しかないんだ。大丈夫かな?」  「運転はできますが、ハーツではお貸しできません。あちらに見える、エイヴィスのレンタカーならOKなはずですよ」

 おいおい(笑)。ま、そういうことならしかたない。ライバル会社のことまで親切に教えてもらったので、アドヴァイスに従って向こう正面(左斜め前)のエイヴィスのカウンターに行く。

 「くるまを借りたいんだけど、日本の免許しかないんだ。大丈夫かな?」
 「OK、OK。問題ないですよ。この書類に必要事項を書き込んでください。えっと、こことこことここと・・・」

 カウンターの人、ささっと申請書に丸をつけて、渡してくれる。無言で書き書き。

 「どのようなくるまが良いですか?」

 この答えは、既に用意していた。

 「エコノミーっ!」

 「(少し苦笑しながら)判りました。トランスミッションは、マニュアルがいいですか?それともオートマティック?」

 「(躊躇なく)マニュアル」

 「OK!いまサービスマンが来ますので、12:00まで待っていてくれますか?」

 カウンターの人、そう云うと、なにが面白かったのか、ぽんっとぼくの肩を叩いて、にこにこしながら去っていった。なんだかなあ。あまりに下手な英語で一生懸命コミュニケーションとろうとしていたから、「よくやったね」という意味かな?
 腕時計を見ると、12:15ちょっと前である。ん?過ぎてるぞ。と、その時改めて気づいた。

「あ、時差があるんだった」

 この旅2回目。なにやってるんだか。上述した通り、東経150度から130度へと移動しているわけで、当然の如く時差が存在するのだ。標準時で、東部より30分遅い。つまり、交渉していた時分は11:30くらいだったわけだ。よくあることといえども、間抜けな話である。本当の時間は、現在11:45だ。慌てて時計を合わせ直す。
 それからしばらくぼっと待つ。すると、15分くらいして、赤のつなぎを着た丸めがねに髭のおにいさんがやってきて、「あなたがお客さん?」と訊いてきた。はいはいそうです。ついてこいというのでついていくと、案内書の裏手、スーパーの前にある駐車場に一角にあるエイヴィスの整備工場らしきところに案内され、これですとくるまを示された。赤のカローラだ。う〜ん、ここでも日本車か。強いぞ、日本の自動車産業。
 レンタカーのキーを受け取り、乗り出したはいいが、まだ今日ご飯を食べていない事実を、胃が強烈に主張し始めた。しかたないので、前のスーパーでお買い物をすることにする。ま、このくるまの中で寝泊まりするなら、いろいろ必要なものもあるだろう。ついでに買っておくとしようか。
 店内はなんか薄暗く、しかも商品はどんどんどんっ!と置きっぱなしに近い状態で並べられている。至れり尽くせり状態の日本のスーパーを見ている身としては、ちょっとびっくり。でも、別に支障があるわけでもないので、さっさとかごに物をぶち込んで進む。しっかし、小分けが全然ないなあ。あれだけは、日本のスーパーのアイデア勝ちだね。ユーザーニーズに応えてるよ。こんな12切れもあるパン、どうやって処分すんだよ。でもまあ、2日あれば食い切るかなあ。こっちのパン、あまりパン自体はうまくないんだよね。ディップとハムを買って、即席サンドウィッチを作ることにしよう。飲み物は、いかにもアメリカ的な大容量のジュースをふたつ買い込んで、さらにパックのコーヒーも買う。これだけあれば、もう買い物しなくてすむだろう。レジで清算してくるまに乗り込む。う〜ん、安上がりだ。
 12:40、スーパーの駐車場を出てエアーズロックに向かう。ここからエアーズロックまでは、約20キロ。何にも遮るものがないので、リゾートからでも結構近くに見えるが、どうしてなかなか遠くなんである。でも、道を迷いようがないので気楽に走る。なかなか爽快だ。なにせ道は赤茶けた砂漠を突き抜けるように通っている。一旦リゾートを離れて道路に出ると、まさに360度視界が拓けているのだ。この開放感は日本では味わえない。そして、彼方に聳えるエアーズロックの偉容・・・ある種幻想的とも云える光景で、充分に酔える。いまから行く人には、是が非でもレンタカーを借りて自分たちだけで行くことをオススメする。独りで行くと、本当に地球を実感することができるし、恋人とふたりなら、きっとあまりに寂寥な風景と強迫するエアーズロックの姿とが相俟って、互いの絆が深まる・・・ような気がする。気の合う仲間と行けば、貴重な体験を共有できた喜びに友情も深まることだろう。それだけの価値がある光景であることは確かだ。
 途中何度かくるまを降りてエアーズロックの姿を堪能しつつ走っていたので、かの一枚岩のふもとに到着したのは13:20だった。その間、次第に近づいてくるエアーズロックの姿は、スリリングの一言。写真などでは味わえない感動だ。
 さて、エアーズロックである。高さ348メートル、面積3.3キロ、周囲9.4キロにも及ぶ巨大な一枚岩で、その3分の2以上は地中に埋まっているとされる。アボリジニの聖地であり、神聖な神宿るところとして、彼らは登ることは決してない。だから、観光客が気軽にほいほい登るのは、彼らにとっては冒涜行為なのかもしれない。少し神妙な気分であるが、逆の一面では、せっかくここまで来たのだから、登れるのなら登っておこうという気持ちも強くある。特に、世界遺産に登録された関係で、21世紀初頭には登山禁止とする処置が現在検討されているらしい。それもあって、リゾートでは登るか登らないかで逡巡していたのだが、ふもとに着いたときには登るのは当然という気になっていた。それはいいのだが、問題は装備である。な〜んも考えていなかったので、ふつーの旅人スタイルで来てしまっていたのだ。周りを見渡せば、登る人はみな登山スタイルである。ときたま普段着で登っている人も見受けられるが、楽に登りたいなら、ちゃんとした格好をしたほうがいいらしい。軽いと舐めて、遭難事故で亡くなる人が、毎年10人弱いるという話だし。でもまあ、ここまで来て出直すのもなんなんで、果敢に挑戦することに決定。バックパックの中身を全部出して、先ほど買い込んだ飲料だけを入れてくるまを降りる。う〜ん、靴をトレッキングシューズにしておいてよかった。ほかの靴だったら、ちょっと躊躇しただろうな。
 まずはふもとでふうっと一息、この巨大な一枚岩を仰ぎ見る。登山路(?)は、かなりの傾斜である。ほとんど垂直ではなかろうか。無論そんなことはないのだが、そう見えるくらい斜度がある。かなり上まで鎖が備え付けられているが、登攀風景を眺めていると、どうやらこの鎖は、登るときより降りるときの方が重要らしい。傾斜がきついため、人間の身体構造上、へっぴり腰で恐る恐る降りてこざるを得ず、その際には鎖を伝うのがベスト、ということのようだ。
 覚悟を決めて、登り始める。天気は、少し風に水滴が混ざっているような情況だ。最初は、かなりいい調子で、それほどたいへんでもない。これは、大袈裟に考えすぎたかな?などと舐めたことを考えながら、結構なスピードでどんどんと登っていたら、上から降りて来た学生らしい西洋人のおねーさんに、「そんなハイペースで登っていったらばてるからだめだ!」と怒られてしまった。そうか、だめか。それではとかなりペースを落として、休み休み登ることにする。これが正解で、途中、足が上がらないほど疲れ果ててしまい、ばてる前にペースダウンしなかったら、身動きとれなくなっていたことだろう。先程のおねーさんに感謝である。
 それ以降は、慎重にゆっくりと登っていき、ようやく絶壁の部分を登り切ると、あとはなだらかもしくはほとんど平地の岩面を、てくてく歩いていくだけだ。これが思ったよりも長いのだが、もうたいへんなところはほとんどないので鼻歌交じりで進むことができる。ただ、ぼくが行ったときのように、少し霧雨が降っているようなときは、非常に滑りやすくなるので注意が必要だ。考えてみると、砂漠に雨というのもなかなかシュールではある。
 ようやく頂上に到着(14:10)。距離的にはほんの1.6キロの行程だが、50分もかかってしまった。しかも結構足にきている。腰を下ろして水分補給をしながら周囲を見回すと、360度の大パノラマで地平線が巡っている。これは結構すごいことかもしれない。なにしろ砂漠のど真ん中にある唯一の高所なので、遠くまで良く見通せるのだ。地平線が見えないのは、同じく奇岩の名所として有名なマウント・オルガのところだけだ。実に寒々としており、それが一種のファンタジーを感じさせることも確かだ。そうした感慨から、自分が異境の地、それもとびきりつきの辺境に来ているということを実感させられる。
 10分ほど休んでから、下山を開始する。今度は登りよりも全然楽である。絶壁を降りるときに多少怖いというほかは、非常に捗って14:55にはくるままで戻ってくることができた。正味30分程度である。
 くるまの中で一息ついたら、今度はマウント・オルガを目指すことにする。明日にとっておこうかとも思ったのだが、エアーズロックの上から見たら、無性に行ってみたくなってしまったのだ。地図を取り出して距離を測ってみると、ここから40〜50キロほど離れているようだ。そんなに離れているようには見えなかったが、これも途中に何にも遮るものがないからか。とにかく出発する。
 リゾートからエアーズロックに至るまでの道もそうだが、これだけの人外魔境にしては、よく道路が整備されている。むろん、田舎の県道ほどの舗装で、ところどころ剥げてはいるのだが、走行に支障をきたすような痛みは見受けられない。もっとも、トレーラーやトラックなどがこの道を走ることは皆無だろうから、それほど痛まないのだろう。粗いアスファルトの上を、時速100キロ近くで飛ばす。とにかく見通しがいいので、安心して高速運転ができる。制限時速オーバーでは?と考える方もいるかもしれないが、前述の通りオーストラリアのカントリーは100キロ制限なのだ。全然オッケーなのである。
 結構気分よくくるまを走らせ、マウント・オルガに到着する。それでも、16:00を少し回っていた。途中トイレによったりもしていたが、見た目以上に距離があったらしい。駐車場でくるまを降りて、マウント・オルガを見上げる。総面積35キロ、周囲22キロに亘る広い範囲に、大小さまざまな丸いドーム状の巨岩が無数に集まっている、奇妙な地域である。アボリジニはカタ・チュタと呼ぶが、これは「たくさんの頭」という意味らしい。いい得て妙である。彼らには、エアーズロックに並ぶ神聖な場所なのである。
 遠くより写真を撮ってから、オルガ岩群に近づく。と、近づくに連れて、異様なほど敬虔な気持ちに満たされてきた。確かにここは宗教施設なのだ。大自然が創り出した、荘厳且つ静謐なサンクチュアリ。ぼくはあまりの神々しさに思考が停まってしまい、大勢の観光客がごった返す中にも拘らず、傍らの岩に腰掛けて、しばらく腑抜けたようにこの奇岩の大聖堂を見上げていた。周囲の人たちは、なぜこの場所が醸し出す神聖な雰囲気に気づかないのだろう?いや、気づいている人は何人もいたようだが、パック・ツアーで来ているので、静かに思いを馳せる時間を許されていなかったのだろう。
 いま思い返してみると、同じ聖地にあってエアーズロックとオルガではまったく感じ方が違ったのは、ひとえにその配置構成にあったように思う。エアーズロックは開放的且つ力感に溢れ、威圧感と威厳に満ち満ちていた。荒々しい力強さを感じられたのだ。一方オルガは、巨岩と巨岩の間の隘路を、巡礼するかのように歩かねばならないので、より閉じられた感じがし、加えて神秘的なドーム岩の偉容に見下ろされることで宗教的エクスタシーを感じやすい雰囲気だったのであろう。一種の宗教洞窟だ。それは、母の胎道に通じるものである。優しく包み込み、外界の厳しさから守ってくれる慈愛の雰囲気だ。それらから、エアーズロックには父性が、オルガには母性があるように思えるのだ。エアーズロックは登れて、オルガは登山禁止というのもそうした神秘性に拍車をかけていたのかもしれない。とにかくぼくはオルガにすっかり参ってしまい、冒涜のような気がしたので写真に取ることすら憚って、1時間以上も静かに巨岩を見つめていたのである。

 オルガを十分に堪能すれば、あとはもうすることもない。再び1時間かけてリゾートに戻り、スーパーの駐車場にくるまを滑り込ませて、いまやぼくの旅行では定番となりつつある車中泊を決め込んだ。就寝、19:30。


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