9月6日

 何の前触れもなく、やたらはっきりと目が覚めた。ふと腕時計を見ると、まだ4時ごろだ。外は真っ暗で、どの辺りを飛んでいるのか、まったく見当がつかない。正面のスクリーンに映し出されている航路によると、オーストラリア北部の上空らしい。しかし結構よく寝たな。途中、2回ほど乱気流でジェットコースターの気分を味わったが、「あ、揺れてる」程度にしか頓着しなかったし。
 もう1度寝よっかとも思ったが、2度寝が得意なぼくには珍しく、まったく眠気が来ない。しかたないので、トイレ前の雑誌ラックから雑誌を引っ張り出してぼけっと読み流したりして時間をつぶす。やることがないなあ。
 それでも、1時間経つと、空も白々と明け始め……ん?ずいぶん早いな。まだ5時前だぞ?ま、いっか。下界が見れるようになったし。おお、地上が見える。寝る前に隣に座っていたねーちゃんが、もっと後部の友達らしい人のところに行ってしまったので、窓側の座席もぼくのもの。こころゆくまで空からの風景を楽しむことができる。おおっ、太陽が昇ってきた。空から見ると、ちょっと感覚が違うなあ。ふとスクリーンを見ると、もうオーストラリアの真ん中近くまで来ている。まだ6時前なのに、6時過ぎには着いちゃうんじゃないか?と、そこで稲妻のように脳裏にひらめいたことがあった。

 「あ、時差があったっけ」

 そうなのだ。オーストラリア東部と日本とでは、1時間くらい時差があるのだ。危ない、危ない。向こうに着いても気がつかなかったら、みんな1時間ずれて、交通機関乗り過ごすところだった。慌てて時計を合わせ直す。
 とすると、いまはこっちの時間で6:30前か。そろそろだのう、とか考えていたら、案の定機内アナウンスが入り、到着が近いです、とのこと。と云っても、荷物少ないのであんまり慌てる必要もない。慌てる必要があるのは、スチュワーデスが配っていった、入国カードに対してである。書き方が判らん……。ごそごそと旅行ガイドブックを取り出し、記入例を見ながら何とか書き込む。しかし、入国当日のホテルの連絡先を書けってあるな。ホテルに泊まる気、ないんですけど。まあ、抜いておこう。何も云われんかもしれないし。
 ふと窓の外を見ると、眼下にシドニーの町並みが広がっていた。郊外なのだろう、あまり高い建物も見当たらず、赤い屋根の家々が、雑然と並んでいる様子が見える。今まで見えていたのが、森だの野原だの畑だのだったので、ちょっと感動。
 ベルトを締めてください、との機内アナウンスが入り、いよいよ着陸。窓外には、先程よりもっとはっきりとした赤い屋根の波が見えている。と、軽いショックが伝わり、飛行機はシドニー郊外にあるキングスフォード・スミス空港 Kingsford Smith Airport に到着した。ついにオーストラリアの地に着いたのである。いきなり疲労感。やはり、10時間近く飛行機に乗っているのは疲れる。でも、これからの1週間への期待感があるので、すぐに元気になる。第一、これからもっともっと疲れることをやろうと考えているのだから、このくらいでネを上げている場合ではないのだ。
 通路を抜けて入国審査に向かう。成田からの直行便だったので、検疫はパス。ちょっとしたホールのようなところに、ディズニーランドよろしく蛇行した整列用パーティションが切ってある。実際、そういうのが必要なくらいは人がいる。朝早くの到着便だと云うのに、ご苦労なことだ。しっかし、見回してみると、半分は日本人だ。ツアーらしく、なんか着飾っているおばちゃんが多い。人のことはまったく云えないけど、わざわざシーズンはずして9月にしたのに、この日本人の数は何?
 蛇腹のように往復運動を繰り返し、やっと窓口に辿り着く。口髭が決まっている、体格のいいナイスミドルにパスポートと入国カードを渡す。すると、ナイスミドル、しばらくそれを読んでから、「今日泊まるところは何処だ?」ときた。わあ、やっぱり(笑)。逃れられなかったのね。しかたないので、今日中にサーファーズパラダイスに移動するつもりなので、ホテルには泊まらないと答える。すると、サーファーズパラダイスで泊まるところを教えろと返してきた。決まってないよーっ。電話番号とか訊かれたら困るなあとか考えつつ、「じゃあ、バックパッカーズ・ホテルでいいです」と答えると、なんか納得したようで、後は何事もなく通してくれた。さすがパッカーズの国、ふらふらしに来る人が多いから、ちゃんと心得ているわけだね。ま、ぼくの格好も、でっかいバックパックひとつという、典型的なものではあったけど。
 お次は税関。荷物は手持ちのだけなので、バゲージ・クレームとは無縁である。オリのクマ状態の人々を尻目に部屋に入り、ボーリングのピンみたいな体型をした係員にパスポートと機内で書いた税関申告書を提示する。「Anything to declare?(何か申告するものは?)」の質問を予想して待ち構えていると、申告書に一瞥を加えてだけで、「Ok!」とか云って通してくれた。そんないいかげんでいいのか、オーストラリア!(笑)
 てなわけで、あっさり到着ロビーにまで辿り着いてしまった。飛行機の着いた時間が7:20、いまが8:30だから、1時間ちょっと。入国審査の混み具合を考えると、早いほうだ。それでは、いよいよ空港を出て、シドニーの街中に向かうことにしようっと。
 空港を出ると、まだ朝方ということもあるのだろうが、かなり冷え込んでいる。早春という季節柄をそのまま現したかのような気温である。むしむしとくそ暑い国からきたので、よけいギャップが大きい。まあ、10時間缶詰の後にはちょうどよい刺激である。軽く身震いをしてからガイドブックを開き、ともかくセントラルに向かうことにする。と、横を見ると黄色と黄緑の能天気カラーリングのバスが停まっている。これがエアポート・エクスプレスだな。近寄っていくと、バス停の小屋からおじいさんが出てきて、何処に行くんだ?と訊いてきた。セントラル駅に行くかと訊き返すと、行くとの答え。5オーストラリアドルを払って、チケットを買い、乗っていくことにする。乗車時に、カードになっているチケットを入れるところがあり、そこにカードを挿入すると、カードにその旨が記入されるしくみである。ジョイポリスやワンダーエッグの入園券と同じだ。APEのチケット
 乗り込むと、誰も乗っていなかったので、後ろのほうのふたりがけ席に陣取り、早速行き先の検討をする。サーファーズパラダイスで落ち合うはずの友人は、夕方にセントラル駅からゴールドコースト行きの長距離バスが出ると云っていた。お昼ごろにセントラル駅に行き、時間を調べて、できれば手続きをしてしまえばいいだろう。それまでいかにして時間を潰すか。ともかく、シドニーに来ているんだし、オペラハウスと港でも見るか、と考え、サーキュラ・キー駅まで行くことに決めた。
 ふと顔を上げると、もう満員御礼の状態である。ぼくの隣にも、同じような格好の西洋人男性が座っている。みんな、アサイチ到着の飛行機でシドニーに着いたのだろう。もしかすると、同じ飛行機に乗っていた人もいるかもしれない。しかし、日本人は自分以外皆無である。みんなツアーだろうから、こういう一般庶民が日常利用しているような交通機関は使わないのだろう。ちょっともったいない話である。
 そうこうしているうちに、バスが出発した。まずはぐるっと空港をまわり、ちょっと離れたところにある国内線ターミナル前の停留所を経由し、その後シドニー市内へと向かう。空港から市内までは、約10キロというところ。窓から見える風景は、英連邦の国というよりも、妙にアメリカナイズされているような気がする。計算された豊富な緑と4車線道路、大味な看板という構成が、そう感じさせるのかもしれない。しかし見ていると、やたらと日本車が目立つ。オーストラリアは日本と同じ右ハンドルの国なので、単純に持ってくるだけだという簡便性があるのだろうけど、あとは米車と独車で、英車はあまり見掛けず、オーストラリアオリジナルに至っては、会社あるんかいなと疑うほどに見掛けない。しかしこれなら、レンタカーとか借りて走らす上で、あまり障害はなさそうだ。オーストラリアは国際免許が要らないので、チャンスを見て走ってやろうと考えているのだ。
 10分も走ると、家が並ぶ住宅街を抜け、商店やビルなどが雑然と建ち並ぶ商業区に入ってきた。くるまも一段と多くなる。朝の通勤時間帯なのだろうか?ちょっとした渋滞のような感じで、通りを歩く人たちの姿も増えてきた。しかしよく見ると、ほとんどが普段着で、スーツを着ているような人はあまりいない。考えてみると、今日は土曜日なのだ。銀行なんかも開いていない。しまった。市内で両替できると思って、あまり替えてこなかった。こいつはまずったかな?
 一層混み合っているところに出る。ここで車内アナウンスが入り、セントラル駅だと云う。下りようかとも一瞬考えたが、結局下りずにサーキュラ・キーまで行くことにする。  ほどなく、サーキュラ・キー Circular Quay 駅に到着。9時ちょうどだ。サーキュラ・キー駅は、シティ・レイルと呼ばれる半地下鉄とフェリーの発着が行われている、シドニーを代表する駅である。市内を走っているバスも、ほとんどがここ発着。駅舎が港に隣接している、というか、電車の駅兼フェリーの駅という、ちょっと面白い構造をしている。駅舎のホールを抜けると、桟橋が5本あり、そこでノース・シドニーとシティを結ぶ重要な交通機関であるフェリーが発着するのだ。桟橋を左手に見ながら迂回すると、視界が開けて、シドニー港が見渡せる。外海に向かって口を開けているポート・ジャクソン、その直中に浮かぶヨットのように見える白亜の建物が、有名なオペラハウスだ。見ただけで満足したので(笑)、中は見ないでサーキュラ・キーに取って返し、市街に出る。シドニー博物館が近くにあるようなので、見学しようと思ったのだ。
 シドニー博物館は、サーキュラ・キー駅から5分ほど市街に入ったところにある、煉瓦風外装の建物である。オーストラリア移民がはじめて上陸した場所がサーキュラ・キーであり、シドニー博物館は、その総督官邸の跡地に建っているのだという。近年、都市再開発で掘り返したら、遺構が出てしまったんだそうだ。いまでは、シドニーはもとより、オーストラリアの歴史を学習するための博物館として、広く一般に開放しているらしい。とはいっても、結構入館料が高い。15ドルも取られる。で、中身はというと、結構しょぼい。確かに官邸遺構やアボリジニ文化の展示はすごいものがあるが、なにしろ館が小さいし、これはという目玉もない。シアターでシドニーの歴史を上映していたが、なに云ってるか判らないことは明白だったのでパス。でも30分ほど暇を潰せたので、まあよしとしようか。
 シドニー博物館を出た後、セントラル駅まで歩く。シティを散策しながら、Exchangeを探す。しかし、ビジネス街のわりにはそういった類いは見当たらない。それよりも、いくら土曜日とはいえ、ほとんどの店が閉まっているのはどういうわけだろう。いぶかしみながら通りを進んでいくと、教会の前に出た。大勢の人が礼拝に訪れている。ちょっと多くないか?ふと、教会のフラッグポールを見ると、黒い弔旗が風になびいている。そこではたと思い当たった。今日は、レディ・ダイアナの国葬の日だ。国葬はブリテンで行われているけど、オーストラリアも英連邦の国、いちおう国家元首はエリザベス2世である。レディ・ダイアナの死は、決して人ごとではないのだ。これで、今日の妙な静けさも納得できる。しかしこう云っては不謹慎かもしれないが、旅行者にとっては結構いい迷惑である。
 11:20、セントラル駅に到着。結局、Exchangeは見つからず。長距離バスに乗る以上、お金はすぐにでも要る。しかたないので、空港に戻ることにした。一度乗っているので、システムは判っている。停留所にいたおじさんからチケットを買って、10分ほどできたバスに乗り込み、朝来た道を戻る。かなり間抜けである。
 空港に着き、真っ先に両替を済ます。当座大丈夫なように、結構な額を替える。明日は日曜日だし、長距離移動中では両替もままならないだろうし。ついでといってはなんだが、空港2階に全日空のオフィスがある様なので、リコンファームしとこうと思って訪れてみる。さすが土曜日、受付には誰もいなかったが、オフィス入って行くと30歳くらいの好青年風の男性が出てきて、なにやら云ってきた。うっ、オーストラリアに来て初めて、まったくなに云ってるか判らないっ!とにかく早口だし、なまりも入っているようだ(それすら判らない)。こ、困った……。すると、こちらが理解していないのを見て取った好青年は、やたらアクセントのきれいな日本語で、「席の指定はありますか?」と訊いてきた。日本語喋れるなら、最初からそうしろーっ!汗かいちゃったじゃないかあ。まあ、英語で訊いたこっちが悪いのか。でも、西洋人見たら、英語で尋ねるよなあ。ああ、参った。それでもしっかり禁煙席を予約してからオフィスを出ると、ふたたびセントラル駅へ引き返すことにする。
 エアポート・エクスプレスも3度目となると手慣れたものだ。しかも、セントラルで乗るとき、往復券を買ったので、手間もない。あっという間にセントラル駅に到着である。時間は13:30。その足でグレイハウンド・パイオニア・オーストラリア Greyhound Pioneer Australia のオフィスに向かう。
 グレイハウンド・パイオニア・オーストラリア社は、オーストラリア全土をほぼ網羅している長距離バスの最大手である。なにしろ国土の広いオーストラリアのこと、隣の都市へ移動するにも一苦労で、ふつうのパッケージ・ツアーなどでは、選択の余地なく飛行機を使うことになる。しかし、貧乏なバックパッカーにとって、飛行機による移動は最終手段であり、必然的に他の手段を考えざるを得ない。普通に考えられる移動手段としては、空路以外には鉄道、長距離バス、レンタカーが上げられるだろうか。そのうち、鉄道は飛行機と値段的には大差なく、レンタカーは想像以上に高くつく上、かなりの冒険野郎でない限り、砂漠ばかりのオーストラリア大陸では自殺行為である。よって、長距離バスにパッカーズの人気が集中するという構図が出来上がる。実際問題、それ以外に移動手段はないといっても過言ではないのだ。特に大陸全土を網羅しているグレイハウンドは信頼性、利便性ともにNo.1で、日本人パッカーズの間では「グレハン」の愛称で親しまれている。
 今回の旅の目的のひとつに、ワーホリでオーストラリアに来ている友人に逢うというのがあるのだが、話が出た段階ではシドニーにいたのでシドニーに到着する便で来たのである。しかしちょうど9月からラウンド(大陸沿岸の都市を順に訪れながら旅していくこと。オーストラリアは、極端なことを云えば、海岸縁にしか住めないので、沿岸をラウンドすればほぼオーストラリアを満喫できる)にでてしまい、ぼくが着くころにはサーファーズパラダイスくらいだろうと云われたのだ。ゆえに1日でシドニーからサーファーズパラダイスに移動しなければならないのだが、距離としては1000キロぐらいあるのだ。一番早いのが、空路でブリスベンまで飛び、そこから南下するコースだが、これは高すぎる。他にとれる手段としては、夜を徹して爆走するグレハンのシドニー−ブリスベンルートを利用するしかないのである。
 説明が長くなってしまった。そんなわけで、ぼくはどうしてもその日の夕方のグレハンに乗らなければならなかったのだ。ちょうどいいコースがありますように……祈るような気持ちでブッキングカウンターに向かい、あたまがすずしいおっちゃんに、サーファーズパラダイスを通るルートはあるかと訊く。かなり早口で聞き取りづらかったが、なんとかコミュニケートして、18:00出発のサーファーズパラダイス経由ブリスベン行きバスがあることを確認する。早速予約を入れると、おっちゃんいわく、出発30分前にチェックインが始まるので、そのくらいの時間にここに来いとのこと。ちなみに料金は75ドル(約7500円)。まあまあの値段だ。承諾して料金を支払うと、チケットを手渡された。チケット本体グレハンチケット改めて時間を確認してから、時間潰しに外へ出る。
 しかし、外は折悪しくしとしとと雨が降り出していた。ただでさえ春先の寒さが身に応えているのに、一層底冷えがする状態になり、閉口してとりあえず昼食を摂ることに決め、セントラル駅舎の中にあり、グレハンの並びにあるサンドウィッチ屋に入って、スモークビーフのサンドウィッチにコーヒーを注文する。こっちでは、コーヒーと云えばエスプレッソを指すらしい。普通のにするか、とも訊かれたが、別段問題もないのでエスプレッソを頼んだ。目の前で手早くサンドウィッチを作っていくが、ほぼ何も調味料を入れない。おやっと思っていたら、胡椒と塩はどうする?とか訊いてきた。そのままじゃ薄すぎそうだったので、両方よろしくと云うと、一応かけてくれるのだがどうも量が少ない。案の定、食べてみると味が薄い。健康にはいいのかもしれないけど、ちょっとこれはなあ。日本と違ってパン自体に味がほとんどないので、食材に味がついてない以上、塩胡椒はもうちょっとけちらずやって欲しかった。まあ、コーヒーはまずまずだったので許そう。
 人心地ついたので、再び外へ出る。相変わらず降っている。しかたないので、シティレイルを使おうかと考え、セントラル駅に入る。しかしなかなかこれが複雑怪奇で、改札がないのでホームがよく判らない。チケットを自販機で買い、乗車時にバスと同じく差し入れるしくみのようだ。目的地を決めずにぶらぶらするのには適さないのでシティレイルは断念して外に出ると、ちょうどほとんど雨が上がったところのようだ。ちょっと冷えるが、この際なので少々のことには目をつぶり、歩いていけるハイドパークに向かうことにした。先ほど地図で、ハイドパークを突っ切ったところに、オーストラリア博物館があることを確認していたのだ。
 いかにもイギリス風なハイドパークを抜けると、道の向こうにオーストラリア博物館が見えてきた。シティの文教施設の中心とも云える博物館で、設立は1827年。オーストラリアでもっとも歴史のある博物館らしい。自然誌系の館で、なかはオーストラリアの自然が詰まっている。アボリジニ関係の展示は素晴らしいの一言だし、オーストラリア固有の動植物の剥製や標本などが充実している。但し固有名詞のオンパレードなので、英語が堪能だとしても、ちょっと理解に苦しむところがあるかもしれない。それでも1時間はたっぷり楽しめることは請け合える。ぼくは2時間いて、まだ足りなかったカンジだった。
 うまいこと博物館で時間が潰せたので、16:00ちょっと過ぎくらいにグレハンのブッキングカウンターに戻る。自分の語学力に自信がなかったので、絶対間違いがないよう、18:00までここで粘るつもりだったのだ。その間、ガイドブックで予習復習をしながら時が至るのを待つ。30分前になって、チェックインが始まった。荷物を預けてバゲージクレーム・タグを貰い、指定された停留所でしばし待つ。すると、駅の向こうから白いグレハンのバスがやってくる!おお、この瞬間をどれほど待ったことであろうか。実際、いい加減飽きていたので、喜び勇んでバスに一番乗りを果たす。とは云っても、座席は全席指定なのだ。幸いぼくの席は後ろのほうで、トイレが斜め後ろ、飲料水はすぐ横。最高のポジションだ。
 自分の環境整備を完了させてまわりを見回すと、満席状態のようだ。やはり、若い人が多い。長距離バスの旅は体力勝負なので、お年を召した方にはかなりきついのだろう。日本人らしき人もいるが、みな一様に押し黙っているので確認できない。そういうところが日本人らしいといえばそうだが(笑)。それでも、ひとりで乗っている東洋人はぼくひとりのようだ。逆に、西洋人はほとんどがひとりで乗っている模様。女性でひとりというのも、結構いる。治安がそれだけいいのだろうし、また女性に冒険心がそれだけあるのだろう。
 窓の外を見ると、そろそろ夕闇がシドニーの街を覆い尽くそうとしている。街灯やビルの灯がオレンジ色の光を煌かせて、昼間とはまた違った顔を覗かせている。より冷え込んできた市街を、コートを纏った人々が足早に行き交い、日中とは性質の違った賑わいの時間を迎えつつあるようだ。思った以上にいい雰囲気の夜に少々後ろ髪を引かれつつも、ぼくを乗せたグレハンのバスは、一路サーファーズパラダイス向けて出発した。時刻、18:00ちょうどである。
 隣に座った若い男性は、東洋人に接する機会があまりないのだろう、少し神経質になっているようだ。落ちつかなげにしていたかと思うと、急にごそごそ荷物を探り出し、しまいには嘆くように天を仰いだ後、「時刻表を見せてくれ」と話し掛けてきた。そんな悩まなくてもいいのに。見せてやると、停車場所と時間を丹念に確認してから、「サーファーズパラダイスには停まるのか?」と訊いてきた。あんた、いま時刻表見てたんじゃないのか、と心の中で裏拳ツッコミを入れながら、時刻表のサーファーズの欄を指し示してやると、安心したように「sorry」と云って時刻表をぼくに返し、ソニーのウォークマンを取り出して自分の世界に入ってしまった。とりつくしまのないやつ。もしかしたら、ぼくと同じで、初めて長距離バスに乗るのだろうか。後ろの金髪の少女も、隣の紳士と「わたし、アメリカからラウンドしに来たの」という話をしているし、結構外国から来ている人ばかりなのかもしれない。そうだとすると、神経質にもなるだろう。ぼく自信、永田町付きの政治記者の如くブッキングカウンターに張り付いていたのだから、まったく人のことは笑えない。
 しばらく走り、バスがシドニーの町並みを抜け、辺りの光景が森ばかりになったころ、バスの運ちゃんが急にマイクを取り出し、バスの運行説明をはじめた。訛りが強い上に早口なので、何を云っているのかよく判らないが、どうやら時刻表を上から順番に読んでいるらしい。特に長時間停車する場所を強調している、ような気がする。30分から1時間くらい停車する場所が3個所ほどあるのだ。もっとも、一般道を時速100キロ以上で突っ走るし、真っ暗闇だし、交代運転手はいないしで、乗客よりも運転手が参ってしまいそうな行程ではある。なにしろ予定ではサーファーズ着が10:00である。16時間先の話だ。途中2時間弱休憩するので、正味14時間走っていることになる。並みの体力ではまず保つまい。尋常ではない。
 10分くらいは喋りつづけてから、運ちゃんはビデオを上映すると云って車内を暗くし、ボリュームを絞った映画をかけた。要は寝てくれと云うことらしい。まあ、こちらも、無理に起きていなければならない理由はないので、眠りに就こうとシートをリクライニングし、最後にもう一回真っ暗闇の荒野を眺めようと窓の外に目をやる。すると、先ほどは森林地帯を走っていたので空が見えなかったのが、いまはホントの荒野だったので遮蔽物がなく、よく空が見渡せ、星空が一面に広がっているのを目にできたのだ。しかも、中空に浮かんでいるこじんまりとした十字形は、「みなみのじゅうじ座」ではなかろうか?残念ながら手元に星空ガイドがなかったので確認できなかったが、南十字星を見られたと思うことにして、感動の中眠りに就くことができたのである。

 


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