平成19年夏合宿 Part2 西穂・焼岳



 7月末の槍穂縦走でひとまず満足していたいっちゃんとカンボであったが、夏の終わりになってやっと仕事に少しの区切りがついた隊長から山行の催促があった。そして毎日の残業続きで運動不足のため、ハードな山は遠慮したいとも言う。例によって、クルマを停めておいて登れる山をいくつか検討した結果、西穂高岳から焼岳への縦走が適当だろうということになった。温泉に入り、ロープウェイを使っての楽勝プランである。酒宴の席でこの話を聞いていた坊さん(これまでも日帰り山行には時々参加)もこれに乗ると言いだし、4人での山行となった。
 ずっと猛暑の晴天続きだった8月も終盤にさしかかると秋雨前線が停滞して曇りや雨のさえない天気である。週間天気予報で月末は雨模様となっていたが、西穂山荘の個室の予約もしてあることだし、中止して延期するかどうか迷った挙げ句、最悪、温泉だけ楽しめたら…と決行することになった。


ピンクの線が入山1日目、の線が2日目の行程

8/31(金)

JR石山駅 7:00 ― 11:00 松本IC ― 11:20 松本駅前(買い出しと昼食・散策) 14:00 ― 15:45 深山荘(泊)

 家を出てJR石山駅に着くまでは曇っていたが、坊さんと落ち合って、いっちゃんの人民解放軍号を待っていると、パラパラと降り出した。
 隊長も合流し、人民解放軍号に乗り込んで一路東へと走り出す。降ったりやんだり、つかの間晴れたりの安定しない天気だ。山陰から北陸にかけて雷を伴って激しい雨になるという予報だったので、当初予定していた、東海北陸道で高山を経由して新穂高に入るのをやめて中央道・長野道で松本を経由して入ることにした。遠回りのようだが、実はそれほど変わらないし、時間的にもこのほうが少し早く着くのだ。

「草間彌生展」にて
 いっちゃんと運転を代わりながらどしゃ降りの名神・中央道をひたすら走り、昼前に松本に着いた。駅前の「エスパ」の駐車場にクルマを停め、買い出しをする。今回は山行は実質2日間だけなので、行動食などをさっと買って昼食を摂るために街中に出ると晴れていた。近くの蕎麦屋で食べ放題千円コースを食べる。これから新穂高に行くには少し早いので、食後のお茶を飲むことにして、昔よく立ち寄った「山小屋」という西穂山荘経営の喫茶店に行くことにした。しかし、駅前再開発でかなり雰囲気が変わってしまっているため、たしかこの辺だと思うあたりになかなか見つからない。やむなくヤマト運輸の営業所で尋ねたところ、だいぶ前に無くなったとの返事だった。元々の小さな店からガラス窓の大きなビルの二階の新しい店と、松本に来る時にはたいてい寄っていたのだが、最近ご無沙汰していた間に閉店してしまったようだ。家にある同店オリジナルのコーヒーカップも今や貴重品になった。
 やむなく、隊長の提案で松本市美術館まで歩くことにする。美術館では草間彌生展をやっていた。医者でもある坊さんから同女の病跡学的エピソードを聞く。展示作品そのものよりも会場入口の大きな肖像写真の「眼力(めぢから)」の迫力に惹きつけられた。
 2時に松本を出発し、ひと月前にも走った上高地線を通って、安房トンネルを抜け、再び降り出した雨の中を平湯から新穂高に向かい、7年前の乗鞍雨季合宿でも泊まった「深山荘」に到着したのは4時前だった。
 チェックインの時に美人の女将さんに明日の天気を尋ねたら、新聞を取り出して「明日は青(の傘マーク)ばっかりで、良くなさそうです」とのお達し。がっくりしながらもお約束どおり、男性陣は露天風呂に入り、美味しい食事をいただいて、またお風呂に入り、あいかわらず降り続く雨が止むことを祈りつつ初日の眠りに就いた。

「深山荘」

雨で吊り橋の下は濁流

「深山荘」の夕食。天麩羅などまだまだ出てくる


いつも行儀の良いお坊様

「深山荘」の部屋

9/1(土)

深山荘 8:10 ― 8:15 新穂高ロープウェイ 8:33 ― 9:10 西穂高口駅 9:20 ― 10:20 西穂山荘 10:45 ― 10:55 丸山 ― 11:40 西穂独標 12:05 ― 12:30 ピラミッドピーク ― 13:20 西穂高岳山頂 13:50 ― 14:55 西穂独標 15:00 ― 15:55 「西穂山荘」(泊)

 この時期はロープウェイの始発が8時30分だというので、7時に朝食をお願いする。昨晩の夕食もそうだが、朝食も美味しい。給仕してくれる地元のおばちゃん風の従業員に今日の天気を尋ねたところ、自信たっぷりに「良くなるでしょう」と言う。昨日の女将さんの予報とは異なるが、おばちゃんの勘は冴えていた。
 人民解放軍号をロープウェイ下の駐車場に停めておいて入山しようと考えていたのだが、玄関で靴を履いていると、深山荘の人の好さそうな主人が宿の送迎車で送ってくれると言う。新穂高の駐車場は一日2千円ほど取られるから深山荘の駐車場に置いて行けばいいと。また、明日は盂蘭盆で宿の営業は休むけれど、焼岳から下山して中尾温泉から電話してくれれば、居たら迎えに行ってあげるとも言うし、もし迎えに行けなくて自力で戻って来ても、内湯と露天風呂とも無料で入って行ってくれたらいいとも言う。食事の内容や有名な露天風呂だけでなく、このお客本位のサービスも「深山荘」にリピーターが多い理由のひとつだろう。
 主人に「新穂高ロープウェイ」の駅まで送っていただいて、構内に入ったら、始発だというのにもう行列ができていた。ツアー客のようだが、随分早起きさせられているのだろう。一度には乗り切ることができず、乗り継ぎの「しらかば平」駅でもまた次の便を待つことになる。朝からずっと曇っていてロープウェイもガスの中だったのだが、「しらかば平」駅から昇り初めてまもなくゴンドラは雲表に突き出て、見事な雲海の上に錫杖岳や笠ヶ岳が聳え立つ圧巻の風景を目にすることになり、車内は歓声に包まれた。北に眼を転じれば槍ヶ岳の穂先も見える。「深山荘」のおばちゃんの勘は早くも的中したのだ。「西穂高口」駅に着き、屋上展望台で見事なパノラマを眺めたり写真を撮ったりしてから、気持ちも軽く、すぐそこに見えている「西穂山荘」に向けて出発した。
 樹林帯の中の整備された道を多くのパーティーと後先になりながら歩く。坊さんも元気である。1時間ほどで呆気なく「西穂山荘」に着いた。雑魚寝が嫌いな隊長が個室を予約しておいたのだが、チェックインは1時からだと言うので、ザックを荷物置き場に残し、サブザックに行動食と雨具、ペットボトルを入れて頂上に向かうことにする。今夜はここに泊まるので気楽なピストンだ。

「深山荘」の朝食。朴葉味噌が美味しい

出発はガスの中


ロープウェイ、雲表に出る!

雲海の上に笠ヶ岳もくっきりと


新穂高ロープウェイ・西穂高口駅屋上展望台からのパノラマ(クリックで大きい画像)


「西穂山荘」

坊様もまだ元気

 晴れて陽射しの強さを感じながら、なだらかな丸山から独標へと進む。眼下には帝国ホテルの赤屋根や大正池など上高地が間近に見える。また、振り返れば明日登る焼岳に雲がかかっている。笠ヶ岳はもちろんのこと、遠く白山も見える。いちかばちかで来た甲斐があったというもんだ。心弾む我々であったが、独標で行動食の昼食を摂ったあたりから坊さんの口数が少なくなり、時々突然立ち止まったり、また決心したように歩き出したりが見られるようになった。今回、出発前に「お坊様の法力で天気を晴れに導いてくだされ」と3人で懇願したところ、「晴れれば私の法力、晴れなければ、あなた方の不信心のせいです」とのたもうていたのであるが、バテるに従って坊さんの法力が減弱して行くのか、 知らぬ間にガスに包まれるようになり、西穂山頂からの視界は全く望めない状況となった。坊さんは標識の下で倒れたお地蔵様のように寝ころんでいる。「バテ坊主」と命名する。

丸山への登りから小屋、焼岳方面を振り返る

眼下に上高地が見える

独標めざして登る


西穂独標にて。法力は失われつつありガスっている

西穂山頂への途中で一服

つかの間ガスが晴れて西穂山頂が見える

西穂高岳山頂

バテ坊主

雷鳥に遭遇

 一向にガスが晴れそうもないので、諦めて来た道を戻る。途中、登山道のすぐ近くで雷鳥を見かけた。初めて見た隊長と坊さんは大いに感激していた。小屋に戻って、隊長がチェックインしている間に500円のソフトクリームを食べる。「徳澤園」のもの(400円)より一回り小さく、しかも中は空洞であった。大いに憤慨す。
 個室は小屋前の広場を見下ろせる2階の部屋で、布団4枚でいっぱいになるこざっぱりしたものだった。扉を閉めると他の部屋の音もあまり気にならなくなる。夕食までの時間を持て余していっちゃんはまたいつものように「いいちこ」をぐびりぐびりとやっている。坊さんは体操の選手のように開脚して前屈するストレッチを披露する。布袋さん体型でそれをやるので皆唖然として眺める。また、そんなに柔軟なのに歩行中バテバテなのは何故なのか疑問を抱く。坊さん曰く「使う筋肉が違うのどす」。

西穂山荘に戻ってソフトクリーム

個室でゆったりくつろぐ

部屋の窓からの景色

 夕食は6時からで、宿泊者が一度に食堂に入れた。客はそんなに多くないようだ。料理の内容であるが「はんぺん3種盛」とでも言おうか、なんとも手のかかってない内容である。そしてコンソメ味の「けんちん汁」。いつもは完食のいっちゃんが珍しく残す。逆にいつも残す隊長が今回は完食していた。その日のメニューにもよるのだろうが、ひと月前の槍穂縦走で一番ポイントが低かった槍ヶ岳山荘よりも低いポイントを付けざるをえない。また、ついでに言うとトイレが男女共用でかつ個室の数が少ないのも不評だった。
 坊さんと隊長は足に身が入って痛いと言っている。いっちゃんは前回ほど痛くないと言う。秘訣は1枚千円もする医療用のサポーターらしく、みんなに勧めていた。そうこうしているうちに小屋全体が静かになり、明日の晴天を祈りつつ床に就く。

今回の隊長は食欲旺盛

「はんぺん3種盛?」の西穂山荘の夕食

9/2(日)

西穂山荘 7:05 ― 10:00 焼岳小屋 10:15 ― 10:25 焼岳展望台 ― 11:40 焼岳山頂(北峰) 11:55 ― 12:40 中尾峠分岐 ― 14:25 林道出合(焼岳登山口) ― 15:35 中尾温泉

 残念ながら祈りは聞き届けられずガスに巻かれて朝を迎える。他の小屋より遅い6時からの朝食。またいっちゃん残す。食べ終えて、さあ仕方ないから出発しようかという段になって雨がパラパラと降り出す。こんな状況で焼岳に行ってもつまらんから、ロープウェイで下りてしまおうかという話にもなったが、携帯で天気予報を見ると昼からは曇りとなっているので、それに賭けて出発することにした。
 雨具着用で小屋を出てすぐに樹林帯の熊笹の道となる。上高地へのルートとの分岐あたりまでは熊笹を刈ってあったが、焼岳方面へのルートは相対に通行量が少ないのか、藪漕ぎというほどではないが生い茂った熊笹の中をかき分けつつ進むような感じであった。木の根っこにもつまずきやすいので気を遣う。雨は小止みになったりまた降り出したりという状況で、展望も全く開けない中、「焼岳小屋」まで黙々と進む。坊さん、また頻繁に立ち止まる。

起きたらやっぱり雨

「西穂山荘」の朝食

焼岳への熊笹の道

 10時に小さな「焼岳小屋」に到着。小屋の前には先客が居て座る場所が無かったので、さっさと山頂に向かうことにする。10分ほどで展望台に着く。ガスが濃いため、焼岳の全容がさっぱりわからないが、立ちこめた硫黄の臭いで火山に登っているという実感が湧いてくる。岩に付けられた○印を頼りに上へ上へと歩を進める。坊さんの足取りがさらに遅くなり、「バテバテ坊主」と改名す。
 こんな調子で1時間半も登った頃、ゴーゴーとジェットエンジンのような轟音とともに硫黄の臭いが一層強まってきた。見ると、硫黄の黄色い穴から凄い勢いでガスが噴出している。その間近を登って上に回り込んだ所が北峰の頂上だった。晴れていれば上高地を眼下に、穂高吊り尾根を始め大パノラマが楽しめるはずなのであるが、周囲10メートルほどしか視界が効かない上、硫黄の臭いと、吹きつける雨混じりの冷たい風のため、急いで行動食を口に入れて昼食を済ませ、早々に下山にかかる。

「焼岳小屋」

頂上直下の噴気口

焼岳(北峰)山頂はガスの中


ヒカリゴケ
 展望台の手前で中尾温泉への旧道に入り、途中、ヒカリゴケを見たりしながら、また木の根に足をとられつつひたすら下って、中尾からの登山口に下り立ったのは3時前であった。
 天候の状態によるルート変更の余地を考えて3泊目の宿を予約していなかったのであるが、時間的に高山市まで行くにはやや遅い感じなので、中尾温泉か新穂高温泉に宿を求めることにする。中尾温泉に入ってから携帯の宿泊予約サイトで本日宿泊可能な宿を探してみると、なんとほとんど見あたらない。前もって目星を付けていた旅館に直接電話してみても満室。通りがかった旅館に交渉してみても満室。何軒か断られ、諦めてとりあえず「深山荘」にクルマを取りに戻って、高山に向かおうということになった。バス停に向けて歩く途中で、名前を知っているペンション「ラポール」を見かけたので最後のダメ元で隊長に交渉に行ってもらったらラッキーにもOK!だった。
 とりあえず、隊長と坊さんにチェックインとザック運びを頼んでおいて、いっちゃんと2人で「深山荘」に停めてある人民解放軍号を取りに行くことにする。「ラポール」の主人とおぼしき人に、バスの時刻を尋ねると、「中尾口」まで行けばバスがあるが、だいぶ先になるので、15分くらいだから歩いて行ったらと言われ、そうすることにする。出て少し行くとバス停があったので、時刻表を見ると、あと5分ほどで来るようになっている。主人の話と違うが、ダメ元で待ってみると、まもなく濃飛バスというのがやって来た。「深山荘」に停まるかと尋ねると停まるとの返事。これ幸いと乗って10分も経たない内に「深山荘前」に着いたが、歩いたら40~50分はかかる距離だった。帰りに、猿が5頭、道路上に出て来ているのを目撃する。
 「ラポール」の館内はわりとゆったりした造りで、ジャズのBGMが流れ快適だ。隊長は2人部屋に1人。我々は2+1の部屋である。早速、お風呂に入って、山の汗を洗い流す。気持ちの良い露天風呂だった。夕食は飛騨牛ステーキなど、なかなかの豪華版で、打ち上げの景気づけにフランスワインのフルボトルを奮発する。晴れたり雨だったりだが何はともあれご苦労さん!だ。坊主の口数も回復している。
 食後、今度は外の露天風呂に入り、上機嫌でいろいろとおしゃべりしていたのだが、すぐ隣の露天風呂に隊長が入っていたらしく、盗み聞きをされて後で冷やかされてしまった。

ペンション「ラポール」

部屋でくつろぐ

「ラポール」の夕食。まだ何皿か出る

9/3(月)

ラポール 8:40 ― 9:45 高山市・中央駐車場(散策と昼食) 12:15 ― 12:35 高山西IC ― 14:10 尾張一宮JCT ― 15:45 JR石山駅

 昨日とはうって変わっていい天気である。部屋の窓から焼岳がくっきりと見える。これまた美味しい朝食をいただいた後、「ラポール」を後にする。フロントや食堂を切り盛りするここの奥さんもなかなかの美人だ。昨日の地理不案内なご主人はどうもシェフのようだ。料理がとても美味いので許す。奥飛騨方面に来る時にはまた泊まりたい宿だ。

本日の焼岳は晴れ

「ラポール」の朝食

「ラポール」を出発

 絶好の天気に悔しい思いをしながら、平湯を経由して高山市に入り、朝市や三之町の古い街並みで土産物を買ったりしてから、昔から高山に来たら必ず寄る「寿々や」でお昼にする。全員「ミニすき焼き定食」を頼んだが、以前来た時に較べて肉が少なく感じた。また、お喋りばかりしているおばちゃん店員の態度が悪かったのが興醒めだった。高山も国分寺通り沿いなど、無くなった店、新しい店とだいぶ変わってきているので、ぼちぼち別の店を探してもいい頃かも知れない。

高山市上三之町を散策

「寿々や」で昼食

 高山西ICから東海北陸道に入り、名神を経て、JR石山駅で解散したのは4時前だった。隊長も坊さんも足が痛いとペンギン歩きになっていたが、足の痛みがとれる頃には、また山に行きたくなってくるであろう。


(カンボ)