帰郷

ある晴れた日。
森のほとりで、がっしりとした中年のドワーフの女性が、かぼそいエルフの女性の手をぎゅっと握っていた。
「じゃあ、送るのはここまでだね。がんばるんだよ!」
「いや…がんばりに来たわけでは…」
妙に気合いの入ったドワーフに、戸惑うエルフ。
いつものことだが、この暑苦しさにはどうも慣れない。
「えー?いろいろ報告することがあるんでしょ?」
「そうだが…里帰りだし…」
「ただのお里帰りならお友達のワタシもついていってもいいじゃなーい。お話聞いてると、ドワーフはダメーっていうお里でもなさそうだし」
「それは…その、家族水入らずという…」
正直言うと、あの父にこのおばちゃんを会わせたくはなかった。
歌われそうだから。
「ふぅん?水入らずになりたいのね」
「そ、そう…」
「まあいいわ。アナタの伝説をつむいでらっしゃい」
ヴェーナーとかいう神様の声が聞こえるそうなドワーフは、よくこのフレーズを使う。
「宗教のことはよくわからないと…」
「いいのよ、あとでお土産話を聞かせてくれれば」
「い、嫌だ…」
「もー、照れ屋さん♪」

おばちゃんの立ち話モードに入りかけたドワーフをどうにかふりはらい、森の中へ入る。
木の匂い。花の匂い。鳥の鳴き声、動物たちの足音。
(ああ…ここだ。懐かしい。)
ユニコーンの森と呼ばれている広大な森。の一部。
そこに小さなエルフの集落があった。
最低限しか手を加えない木と蔓植物で飾ったゲートが、集落の門だった。

門をくぐると、見張りをしていたのか、木の上から一人の背の高いエルフが飛び降りてきた。
鮮やかな長い金髪を薄紫色のバンダナで束ねている。
切れ長のツリ目、瞳はマリンブルー。
3年ぶりのはずなのに、目の色と耳の長さ以外は、何故か見慣れている顔。
「やあ、アビィじゃないか!おかえり!」
それが満面の笑顔で出迎えてくれる。
「あ、父上…」
ふと頬がゆるみかける。
「帰ってきたってことは、私の娘を連れてきてくれたのかーい?」
「…娘…」
エルフの女子にしては腕力のある、アビィの拳が。
端正な父の顔面の真ん中に炸裂していた。

3年ほど前。
同じ森で、エルフの家族が集まり、ささやかな酒宴が開かれていた。
アビィ、父のフォーン、母のマリィ、そして異母兄のウェイジャンとその母。
エルフはあまり酒を飲まない種族なのに、エールやワインをガブカブ飲んでいる馬鹿が自分の父と兄だった。
頭が痛い。
「アビィはそろそろ119才だっけ?」
へろへろに酔った父がどうでもいい話題をふる。
「うん…」
「父さん、ワタシの年は覚えてます?」
酔っているときとそうでない時の区別がつかない兄が、へろへろと悪戯っぽい口調で問い返す。
「え?えーと…200才。ぐらい。」
にぱっと笑いながら答える父。アホっぽい。
「息子といえど、男の年はよく覚えてないんですよねー。このひと」
慣れたものらしく、むしろ楽しそうな顔をする兄。
これも頭が痛い。

この兄とアビィとは、母が違う。
もともとエルフとは繁殖力が弱く、あまり子供を産まない種族だ。
二人も子供をもうけた父は、集落の発展に貢献している…はずだった。
が、最初に子供をもうけた相手と違う女と…要するに浮気をしたということで…微妙な立場に立たされてもいた。
アビィ自身も、浮気でできた子供ということで、なんとなく距離をおかれたり奇異な目で見られながら育った。
母と、この父と兄だけは違ったけれど。

そんなことをつらつらと考えながら、ちびちびと薬草酒を口にしていたアビィの耳に、父が20年ほど前に森の外に出て冒険者をやっていた頃の話が流れ込んできた。
特に興味のないふうを装いながら、長い耳をぴくぴくさせて話に集中する。
エルフの里は平和だが、物足りない。
居づらい理由もあるし、もし人間界が楽しい所なら、森を出てみるのもいいかもしれない。
しかし次に出た父の言葉は。
「そうそう、あの人間の女の子は優しくて芯が強くていい子だったなー。思わずしばらく同棲しちゃった♪」
ぶっ。
薬草酒を吹いてしまうアビィ。
「へー、やりますね父さん」
心底尊敬しているふうな兄。
母の反応は…?
にこにこ笑いながら見ている。読めない。
兄の母は少しあきれたような諦めたような顔をしていたが。
「まぁ、また他の女の子とデートしたことがバレてふられちゃったんだけどねー。子供もできてたのに一人でどうするつもりかなあ。」
ぶぶっ。
「まあ、子供が…」
さすがの母も眉をひそめる。
「ふむ…それではワタシの妹か弟がいるかもしれないということですね?しかも人間とだからハーフエルフですか…興味があります。」
わくわく、と形容したくなるような態度の兄だが…
「興味…だけか…?」
酒でむせた喉から、やっとしぼりだした言葉。
「あなた、ダメよ。その人とは、縁が切れても…子供は子供なんだから、せめて、遠くから見守るぐらい…」
…母の懸念はそれか。どこまで甘いのか。
アビィが物心ついてからも、父は母以外の女性にちょっかいをかけ、時には森の外へ出て、その時出会ったいい女の話ばかりをして。
それでも母は、にこにこ笑っているのだった。
わからない…。
それが、アビィが自分の母をいまひとつ尊敬できない理由だった。
「いやー、シーフギルドから監視がついちゃってさあ…半径1キロ以内に近寄れなくなっちゃったわけよ。もー、彼女モテモテだね♪」
シーフギルドというもののことはよく知らないが、人間の街の「裏」の部分を司る組織だという。
そんなのに目を付けられるとは、やらかしたのは「彼女」に対する浮気だけではあるまい。
かといって。
「それで…いいのか…?」
「仕方ないよ。そこまで拒絶されたんじゃあね。去る者は追わずっていうか」
「ふざけるな!」
酒杯を地面に叩きつけ、珍しく大きな声で叫んだアビィの声に、周囲が静かになる。
「また…また、不幸な子供を増やしておいて…拒絶されたら終了か…その子が今、どんな扱いを受けているのか…」
「うん、興味はありますね」
「兄は黙っていろ!」
「アビィちゃんがこわーい…」
おどけた調子で耳をしょんぼりさせてちぢこまる兄。
そんなものを見て怒りがおさまるわけもなく。
「わたしがそいつを探しに行く。父の代わりに謝る。できる限りのことをしてやる。」
「探しにって…おまえ、森から出たこと、ないじゃない。人間の言葉だって、ろくに覚えてないし…」
心配した母が手をさしのべるが…
「いい。行く。もうこんな父のもとにはいられない」
「アビィ…」
一瞬、寂しそうに耳をうなだれた父の顔が見えたが、気のせいだと思うことにした。
こんな調子で甚だ発作的に森を飛びだしたのが、3年前の話。

つまりは。
この父は、産まれたハーフエルフの子供を見てきたわけではないので、男か女かは知らないのだ。
それどころか今生きてるかどうかすら。
それなのに、一点の曇もなく産まれた子は「娘」と言い切るあたりが相変わらずで…アビィは脱力感と憤慨と、…かすかな懐かしさをおぼえた。

3年ぶりに帰郷したアビィを囲んで、ささやかな宴が開かれる。
一応集落じゅうのエルフが集まっているものの、アビィの家族以外は、食事は取りつつも遠巻きに見ていた。
兄のウェイジャンは、アビィを追って森を出たまま戻ってきていないらしい。
気持ちはわからんでもない。人間界はおもしろい。
どこかでのたれ死んでいる可能性も捨てきれないが。
「もー。アビィちゃんはいつも口より先に手が出るんだから」
母のヒーリングによって顔面のへこみを治された父は、黙っていれば端正な顔に盛大に笑い皺をよせてはっはっはと笑っている。
殴られた理由を聞いてこないということは、本人もわかっているのだろう。
そこがまた憎たらしい。
「…で、娘は見つかってないんだね?」
まだ言うか。
「ああ…『娘』は見つかっていない」
いるわけがない。いるのは『息子』なのだから。
でも、教えてやらない。
子供が男だと知ったらどんな扱いをうけることか。
この父のことだから、他に『娘』がいる可能性も否定はできないが、少なくとも見つけてはいない。
…いないな?うん。
知り合いのハーフエルフの娘の顔を順番に思い浮かべて検討を開始した時…
「ということは、帰ってきたのは…ははーん、お婿さんを連れてきたんだな?」
「(ぐっ)」
お婿さんなど連れてきてはいないのは一目瞭然で、父も強烈なツッコミを期待した軽いくすぐりぐらいのつもりだったのだろう。
しかしアビィには、当たらずと言えども遠からずといった心当たりがあった。
だから、とっさに返すべき言葉が出てこず、黙り込んでしまった。
こんな時に気の利いた言葉が返せないわたしを、あいつが気に入るわけがないではないか…。
「ん?どーした?まさか本当にお婿さんを?」
その様子に気付いて真剣になってしまう父。
「…いない。婿になどしない。」
白状しようかするまいか逡巡して、やっと出てきた言葉はこうだった。
「婿にしないってことは…永遠の恋人?!きゃっ、アビィちゃんやるぅー!」
「ふざけるな…」
脱力。
そもそも今回帰ってきた理由は、その婿…ではない、永遠の恋人…違う、鎧の男のためなのだ。
あいつの中に見ている父の陰をふりきるために。
大っ嫌いな父に似ている相手にことごとく好意をよせてしまう、自分の矛盾を解き明かすために。
「何、アビィに婿が?!」
「相手は人間か?!」
「いかん、人間はいかんぞ!」
「君は考えが古いな!」
漏れ聞こえた単語をかぎつけ、遠巻きに見ていた家族以外のエルフたちもわらわら集まってきた。
「え、あ…」
こんなにあからさまに自分に対する興味が向けられたのは初めてだったので、戸惑う。
「考え直すんだアビィ。実は私は…」
などと手を握ってくる輩までいる。
「真面目な話、どうなのですか。人間の男というのは。乱暴ですか?」
偏見丸出しのくせに、相手のことを根掘り葉掘り聞き出そうとする女子もいる。
「いいのよ、アビィ。あなたの気持ちを、大切にしなさい。」
例によって穏やかで甘い母もいる。
こんな調子で、その鎧の彼の話やら、いままで会った人間の話やら、洗いざらい聞き出されてしまった。
でも、鎧の彼と仲良くしている『息子』のことは言わなかった。

宴が明けた朝。
エルフたちは薬草摘みや狩り、森の見回りに出かけてゆく。
アビィは、母が得意とするハーブ染めの手伝いをしていた。
薬草そのものと並んで、人間たちとの交易に使われ、この森の名物になっている。
今日の材料は、夏に収穫して干してあったラベンダー。
染液を作り始めるとただよってくるラベンダーの香りに、このところの落ち着かない気分が安らいでいく。

アビィは、夕べは人数に負けてあまり話しかけてこなかった母と、やっと落ち着いて話せる場所に来た。
絹のスカーフを染液に浸しながら、母が意味深に話しかけてくる。
「アビィ、人間界で、お勉強してるんだって?」
「うん。おもしろい。」
無表情にこくこくとうなずくアビィ。
冒険者の基本として遺跡にもぐり、きれいな宝珠や興味深い仕掛け、マジックアイテムなどを目にしているうちに、これらについてもっと知りたくなった。
そして、様々な人間模様を目の当たりにし、人間界の風習についても興味を持ち。
「じゃあ、ラベンダーの花言葉、知ってる?」
また無表情にこくこくとうなずく。
花に意味をこめるという妙な風習を知った時に、母が好きなラベンダーの花言葉を真っ先に調べてみたのはごく自然な成り行きだった。
調べた結果は。
「…不信。」
「…どんな本を読んだの…」
「…疑い。」
「だから…」
「他のは、覚えていない。たくさん、あった。」
「そう、たくさんあるの。『あなたを待っています』とか。」
「………『許し合う恋』」
「なんだ、覚えてるんじゃない」
「それが、何か…?」
花に言葉をこめても、相手が知らなければ伝わらないだろう。
かといって花に花言葉のカードを添えるのも間が抜けている。
「わたし、まだお父さんと結婚する前ね。ラベンダーのハンカチを送ったの」
「…まずいのではないか?」
その頃、父には別の妻がいたはずだ。兄の母が。
「そう、まずかったの。妻がいるのに、わたしに、必要以上に優しくするから。他の女の人にもね」
「…。」
母は穏やかな微笑を浮かべたまま、優しい口調のまま、不器用に言葉をつむぐ。
無表情なアビィとは違った方向で、何を考えているのかわからない。
「ラベンダーの香りは、気分が落ち着くでしょ。だから、落ち着けっていう意味で、贈ったの。」
「迫られて迷惑な相手に、プレゼントは、どうかと思うが…」
「そう、ね。でもわたし、言葉で断って、傷つけてしまうことが、怖かったから」
「ん…」
そんな優しさは、かえって相手をダメにする…。
やはり母は、父の浮気を我慢しながら生きてきて、あいつをますますダメにしているのではないか?
「そうしたらお父さん、花言葉を深読みしちゃってねぇ…。悩んじゃったみたい」
「花言葉を…知っていたのか?」
「うん。よく人間界に出て、知識にふれていたから。『君はずっと私を待っていてくれたのかい?それとも…疑っているのかい?』って、真剣な顔で、言われちゃった」
「あいつにそんな繊細なところが…?」
「意外でしょ?それでわたしも、こう、ねぇ…」
遠くを見つめながら頬を染める母。
「ああ、このひと、ばかだったんだ。って…」
「ば…」
馬鹿って。
あまつさえそれでうっとりしながら頬を染めるって。
でも。
「…ワカル」
自分も父への嫌悪感がやわらぐ気がした。
そして、あの男にもそんな意外に繊細な部分があるという噂を思い出す。
「…ギャップ系?」
「はい?」
「な、なんでもない…」
思わず、人間界で覚えた分類用語が口からこぼれた。
系ってなんだ、系って。何の分類か。
「でも、それだけで、障害をふりきってお父さんといっしょになったわけじゃないの」
「アレに何か、いいところが…?」
それが一番の疑問だった。
この控えめな母が、略奪愛をやってしまった理由を。
兄の母も、苦笑しつつ第二の妻の存在を認めてしまっている理由を。
「あの人がいると、いつもその場が明るくなる」
「そうか…?」
ただ馬鹿なことを言って周囲につっこまれているだけに見えるが…。
「そうなの。絶対怒らないし、他人を責めないし、人を笑わせる時も自分以外の人はおとしめない」
「…」
ちゃぽ。
染料にひたしたスカーフが、薄紫色に染まってゆく。
普通に染めると、薄い黄緑色になる。
花のイメージ通りの紫色を出せるのは、この村独自の技術だ。
しかし、その特殊性に気付く人は少ない。
「そっくりだ…」
「そっくりでしょ?」
「だ、誰に!」
ふと漏らした独り言にいたずらっぽく反応され、思わず狼狽してしまうアビィ。
「誰にって、アビィ、自分で言ってたんじゃない」
母はくすくすと笑いながら、染め上がった布を色止め液に移してゆく。
「そんなに、お父さんと同一視するのは、危険じゃない?別の人なんだから」
「わかっている…」
しかし、森で飛び回るエルフと、鋼の甲冑に包まれた人間にここまで共通点があるというのは。
運命を感じる…などと考えると少し寒い。そろそろ春が近いのだが。
「何か違うところ、ないの?」
「ある。いっぱい。特に」
「特に?」
「あいつは、男と子供も好きだ」
「…それ、余計ダメじゃない?」
「ああ…ダメだな」
いつも無表情なアビィが珍しく、口の端を上げてクスっと笑った。
それを見た母は驚き、そして嬉しそうに言う。
「感情豊かに、なったわね。彼のおかげ?」
「そんなことは、ない。仲間が、みんな…楽しくて…」

仲間たちの顔が頭をよぎる。
かぼちゃパンツに縦ロール、ふーっふっふっふと笑う紳士。
猫の耳を生やして戸惑っていた、いつもは斜に構えているハーフエルフ。
賢く気高く、立派な族長。
求めていた幸せをつかんだ、飲んだくれお姉さん。
外見に似合わず強い、魔法戦士の娘。
妹ではなく姉のようだった、青い髪をした賢いハーフエルフの少女。
賑やかなつむじ風。ひとところに留まらないつむじ風。
父と同じ顔をした、ナイショのハーフエルフ。

一見理知的で誠実そうな黒髪の魔術師。
何を考えてるのかわからない、伝説の料理人にしてナンパ師で非情の戦士。
家族を助けたくて無茶をして止められて、強くなると誓った青年。

薄紫の染液に、自分の顔が写る。
「…みんな、……になって…」
涙が一筋こぼれる。
「わたしのことを一番に考えてくれる奴は、いない」
「アビィ…」
「それで、いいんだ。わたしなど、口下手だし、ひ弱なエルフだし、何もしてやれないから…」
母は何も言わず、心配げな、しかし優しい瞳で見守っている。
「だけど、あいつは……」
「…彼になら、何かを、してあげられる?」
「わからない。それでも… 渡したく、ない」
小さな声だが、きっぱりと。
母に。自分に。
宣言した。

「…辛いよ?お父さんに、そっくりなんでしょう?」
「うん…」
言いたいことはわかる。
彼が他の女性と仲良くしているのを見るたびに、心にピリピリ来るものがあった。
それが嫉妬という感情だと、認めたくはなかったけれど。
「母上は…辛かったのか?」
染まった布を干し、香りを確かめながら。
「わたし?わたしは、なんていうか…つきぬけちゃった」
えへっ、と笑う。
「…つきぬけ…?」
「うん。いちいち気にしても、しかたがないし。」
「それは、そうだが…」
…ただの、慣れ?
「それに…どんなに浮気しても、わたしのことがどうでもよくなるわけじゃ、ないから」
「…」
「いつも、わたしの所へ帰ってきてくれるの。それで充分」
「のろけられた…」
アビィは作業台の上につっぷした。
「そう?これをのろけだと思えるんなら…」
母は一本のラベンダースティックを取り出す。
「アビィも幸せになれる、よ」
心安らぐラベンダーの香り。
様々な花言葉を持つ、変な花。
だけど、その言葉は、すべて…
「…意味が、わからない」
「…。」

三日後。
「なんだ、また出て行っちゃうのか〜。父さん寂しいなー」
父は演技なのか本気なのか、指をくわえて耳をうなだれてくねくねしている。
「言っていろ。自分だってしょっちゅう森の外に出るだろう」
「そりゃそうさ。帰ってきた時に歓迎してくれる人は、いっぱいいた方がいいじゃないか」
「贅沢だ」
「マリィ〜…アビィちゃんが冷たいよ」
泣き真似をしながら母にすがりつく父。
「いつものことじゃないの」
…そう。いつものことだ。いつもの…。

「ああ、そうだ」
立ち去りかけてから、振り向いて言う。
「今度、帰ってくる時は。わたしの『弟』を連れてくる」
「…へ?」
「あと、ひょっとしたら、鎧を」
「は?鎧?…何、婿のことか?!父さん許しませんよっ!」
「許しはいらない。わたしはな。じゃあ」
後ろを向いたまま手を振って。
アビィは懐かしい故郷を後にした。
仲間達に会うために。
会いたくなったから。