うどんを伝えたのはだれかって?・・・・?
んーーーーー。
うどんは室町時代の中ごろから終りにかけて、手回しの粉挽き石臼が富裕層の間に普及しはじまたころ、良質の小麦と塩が手元にあったさぬきで自然発生的にうまれてきたんじゃないかなぁ。

空海が伝えたといううわさもあるけど・・・

だれがうわさしとんじゃぁ。八百屋のおばちゃんか。
ところで「空海」ってしってるかな。
さぬきうどんくうかい(空海)・・・

さむ・・・・・・・・・・・・・・

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空海はさぬきの善通寺が生誕地で、あの満濃トライアングルの地名の「満濃池」をつくったのも彼だといわれている。
空海にはお姉さんがいてその息子(つまりおいっこ)に智泉大徳という人がいた。

この智泉大徳という人、空海より15歳年下で、後に空海の10大弟子の一人になり、4哲の一人に数えられるようになる。
空海は長安の留学を終えて、帰国したとき、この智泉に唐の麺の打ち方を教える。
智泉はこれを覚えて帰り、両親にごちそうしたという。
この人「滝宮」が生誕で、そうした意味から地元では「滝宮こそさぬきうどん発祥の地である」と主張しており、道の駅「滝宮」にもうどん情報満載である。
まぁ滝宮には綾川がながれ、うまい麺の条件である「水」も入手できる。
綾歌地区にうまいうどんやさんが多いことからみても、案外ほんとうかもしれない。
智泉大徳