もう結構前のことなのですが、父親に新奥沢線の事を教えてもらって新奥沢駅跡などにいってきました。
友人に貸してもらった「ゆきがや」によると、
新奥沢線は池上線の支線として雪谷大塚駅付近から枝分かれして、
目黒線奥沢駅から池上線雪谷大塚駅方面へと伸びる、
自由通りと並行して走っていた路線で、
途中駅に諏訪分、もう片方の終点が新奥沢の全長1.6kmの短い路線だったそうです。
当初は神奈川方面へ延ばす計画でしたが、
目黒蒲田電鉄の田園調布周辺の土地の買収がすでに行われていて、
路線が延ばせなくなり結局路線は延びませんでした。
当時、 乗客は調布学園の女生徒が主でしたが、赤字のため昭和11年に廃止されてしまいました。



雪が谷小学校創立40年記念誌「ゆきがや」より


ただ、新奥沢線全体を見て面影ないわけではありません。雪が谷大塚駅に土地の形などが当時新奥沢線が走っていた面影を残しているそうで、実際に行ってみると異様に広い土地が雪谷大塚駅のすぐそばにありました。
*撮影を2回しているため同じ場所でも雪が写っていたり多少違うところがありますがご了承ください





 


一番左の写真2月頃撮ったので、
雪が写っています。<なんでその時アップロードしなかったんだ自分!
離れた写真を見ての通り面影はありません。

石碑をよく見ると側面に「世田谷区玉川地田協」と「新奥沢駅跡」の文字。
玉川地田協とはどんなものなのか気になります。


奥に見えるのが雪が谷大塚駅で手前は五反田方面です。ちょうどここに空き地があって、
池上線が目黒蒲田電鉄(東急の前進)の傘下になる前、
ここに雪が谷駅があり、
雪が谷駅から新奥沢線が枝分かれしていたようです。
ここからそばにある東急ストアの辺りをカーブして新奥沢に向かったようです。
また現在の車庫の辺りに調布駅があり、昭和11年の新奥沢線廃止の際に2つの駅が統合されて雪が谷大塚駅ができたそうです。

 
最後に「ゆきがや」を貸してしてくれた友人のH君。ありがとう!
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