これまでのバレー遍歴 
バレーとの出会い
幼児時代
今でも残っている記憶。
あれは、幼稚園に入る前だったので、おそらく3.4歳頃だった。
ばーちゃんちでの出来事。
母の妹、母と部屋のたんすとどこかに紐をくくりつけて、風船でバレーをしていた。
母も叔母も若い頃バレーをしていたと。
楽しさのあまり、ものすごくジャンプをしてスパイクなどをしたのだろう。
自分が想像していたよりも体が宙に浮き、体制を崩して背中から床へ落下。
息が出来なくなり、ものすごい苦しみを覚えている。
それが一番古いバレーの記憶。
小学生1、2年生
今じゃこんな体となってしまった(笑)が、かつてはかなりの病弱だった。
プールなんかシーズン中の授業で1、2回しか入れなかった。
けれども、子ども会のママさんバレーに出場していた母の影響で、母と家の脇の駐車場で
バレーボールもどきをして遊んだ記憶が。
小学3年生
新設の学校が近所に出来、転校。
今じゃこんなだが、相当な引っ込み思案で人見知り。
出先でトイレの場所を聞かなくちゃイケない状況でも、2つ半下の「妹」に聞いてきてもらうよう差し向ける始末。
おまけに前から2〜4番目のチビ。
おまけに一人でいるのが好きだった私は、友達なんかそうそうできずにいた。
私自身は、全然苦じゃなかったんだけど。
そんな私を見ていた担任、T先生。
ちょうどドラマ「熱中時代」をやっていて、それを地で行く感じの先生。体育会系のサッカーバカだった。
ママさんバレーをしていた母に「あまりに暗いのでバレーをやらしてみたらどーよ」(実際そんな言い方するハズない)
新設校だけどスポーツ少年団のバレーチームがあったのだ。
病弱だけど、多少はスポーツ向きの頭角を現していたのだろう。先生は強く勧めた。
土曜日の放課後、弁当持参で午後の練習に参加。
他の子よりは、ボールに親しむ機会が多かった私は、若干できたので、楽しくなっていた。
当然、T先生も気合入りまくりで一緒に相手をしてくれ、楽しみな日課となった。
続く・・・