日本と日本人  03・08・01

日本と日本人・その1

 

「畏れ」を抱く

 

平成15年8月1日の朝日新聞13面オピニオンのページには、聖路加病院の日野原重明さんと解剖学者の養老孟司さんの「なぜ話は通じ合えないのか」という題で対談が乗っていた。

その中で養老孟司が「畏れ」とか「畏怖」という言葉を使って、そういうものがなくなってしまったということを述べている。

この言葉は現代の文明というものを非常に強く示唆していると私も思う。

確かに、今日の我々は「畏れ」とか「畏怖の念」というものを喪失してしまって、全く怖いものなしの世界に生きているように見える。

我々は「畏れ」とか「畏怖の念」を失ってしまったので、悪いことは総て人間の側に原因がある、と考えるようになったものと思う。

病気で人が死ぬと。病院が悪い、治療の仕方が悪い、そういう状況を放置した行政が悪い、という論拠になってしまって、まるで「風が吹けば桶屋が儲かる」式の議論が罷り通っている。

こういう論拠がさも当然のように出てくる背景には、人間というものが最高の生き物で、その最高の生き物が人を管理している以上、その管理のどこかに欠陥があるのだ、という考え方が根底に潜んでいるのではないかと思う。

つまり、天命とか運命とか宿命というものをまったく否定しているわけで、人間が天寿を全うしてもそれは治療方法乃至は治療の仕方が悪い、という論駁を主張して、自然というものを全否定しようとしているわけだ。

この現代日本の知性の塊のような人が「なぜ話は通じないのか」というテーマで討論するという事は、いわば自然への回帰を模索し、提唱しているわけである。

21世紀に生きる我々人間というのは、洪水のような情報の中で生きているわけで、その情報というのは総て人が作っているわけである。

こういう情報化の中で、「畏れ」とか「畏怖の念」というのは、全く情報とはかけ離れた対極の位置にあるわけで、実体のないシャーマニズムの範疇に入る事柄なわけである。

20世紀後半から21世紀に生きている我々は、あまりにも進んだ情報化社会の中で、人間としての尤も自然な概念としてのシャーマニズムというものを失ってしまった。

だから人が老いて死ぬことまでも、人間の作為的な現象としてみるようになったのではないかと思う。

身内の老いた親を看取るとき、病院は必ず「どの程度の治療を施しましょうか」と家族に尋ねること自体がすでに「畏れ」を捨てた思考だと思う。

病院は患者の家族から文句を言われ、裁判沙汰にでもされたら困るので、予防線を張っているわけであるが、人の死を裁判の材料にするという発想そのものが神をも恐れぬ行為といわなければならない。

そこには人の死をも、人間の作為が関与している、という思い上がった発想がある。

そしてその行為に対しては自分自身は常に受身でありながら、結果が自分の思う通りにならないと他人の所為にする、という極めて得手勝手な思考に基づいていると思う。

物事が自分の思うとおりにならないと、それは他人の所為だという発想は、極めて個人主義というか、わがままを通り越して人にあるまじき思考であるが、こういう考え方が大手を振って罷り通るようになった背景は我々の側にあると思う。

それは弱い立場のものは擁護しなければならない、という一見理知的で如何にも人間の愛のしるしを表しているかに見える奇麗事にあこがれる心境に根ざしていると思う。

自然界に普遍的に存在している弱肉強食という自然の摂理を真っ向から否定するわけで、弱いものは助けなければならない、という発想は極めて人間の善意をくすぐるに格好の材料である。

人間は自然の摂理から遠ざかれば遠ざかるほど文化的な存在だと思われがちであるが、今現在はそれでも通るかもしれないが、それが未来永劫と続くことはありえない。

それを端的に示しているのが不老長寿を願うことであるが、これは人間の究極の願望であるにもかかわらず未だに実現できていないわけで、病院で人が死ぬと病院の手当てが悪いという発送は、その自然界の摂理というものに唾を引っ掛けているに等しい。

「病院の手当てが悪くて老親が死んだ」、という言い方で話を聞かされた人は、如何にも病院が年老いた病人を過酷に扱った、という印象を受ける。

誰もそれがその人の寿命だったとは解釈しないわけである。

人間は老いれば壮年期のように何処も悪いところがないという事はありえないわけで、経年変化でどこかここかに劣化があるのが当然で、それを病院の所為にするという事は神をも畏れぬ思い上がった思考だと思う。

この神をも恐れぬ思考というのが問題なわけで、これこそ人間の「驕り」だと思う。

我々、日本人というのは基本的に無宗教で、神道というのは漠然とシャーマニズムを表しているだけで、宗教といえるかどうか疑問だと思います。

だから我々には宗教の戒律という概念が全くないわけで、あれをしてはいけない、これをしてはいけない、という心をコントロールする基準というものを全く持っていない。

昔は「そんなことをするとお天道様に顔向けできない」というある程度の戒律じみたものが存在していたが、今はそんなものは一笑に付されて、迷信として片付けられてしまっている。

そして我々は21世紀に至っても基本的に同一民族の中で起居しているわけで、異民族との摩擦というものを経験したことがない。

異民族との摩擦を経験したことがないということは、異文化というものを認識したことがないということで、戦後の占領政策で民主主義とか民主的という言葉のみを自分のものにしたかに見えるが、それはその表層のみで、言葉としての表面的なことだけをさも新しい概念として受け入れてしまっただけである。

戦後、占領軍が押し付けた民主主義とか民主的手法というのは、彼らのつまり西洋人としての文化に根ざした民主主義であり、民主的手法であったわけで、その表面だけを真似してみたところで、物事の本質を会得したことにはならない。

ここに民主主義とか民主的手法というのは、個人のわがままを通すことだという思い違いの根源が潜んでいると思う。

真の民主主義とか民主的手法というのは素晴らしいものではあるが万能ではないわけで、多くの欠陥も併せ持っているにもかかわらず、我々はその欠陥の部分を認めようとせず、民主主義とか民主的手法というのは万能だと思い違いをして、その欠陥の部分は他人の所為だと人に責任を転嫁しようとしているわけである。

病院で老人が死ぬと病院が悪く、子供が不良になると教育が悪く、個人が組織を相手に裁判を起こすと組織の方が悪く、災害は国家の責任というふうに、悪いのは総て他人であって、裁判を起こしたり文句をいう人は総て善人という風になってしまっている。

これらのことは総て個人のわがままを言葉を変えて言い表しているにすぎず、にもかかわらず、これを正面から「あなたのわがままですよ」ということを言わないわけである。

これが58年間に及ぶ戦後の民主教育の結果であって、民主主義というのは個人のわがままを押し通すことであって、個人の我儘が通らないのは、他人の所為だからそれには断固戦うべきだ、ということになるわけである。

この根底には「神様なんかこの世にいるものか」という極めて現実的な認識があるものだから、人間のすることはすべからく人間に起因している、という思い上がった思考が横たわっていると思う。

神に対する恐れというと呪術的なものを連想して、いかがわしいものだと決め込んでいるわけである。

だから運命とか宿命とか天命とか寿命というものを信じず、悪いのは総て人間の所為だということになるわけである。

 

人間はミスをする

 

例えば医療ミスということを考えた場合、赤チンや百草丸で治るような病気ならば最初から医療ミスなどという事は存在しないわけで、ミスを生じるような手術をするということ自体、既にそれは生存率ぎりぎりの状態で生かされているということに他ならない。

仮にミスがなかったとしても、早々長生きできる保証はないわけで、そういう状況に立たされたこと自体がすでに天命であったわけである。

医者だとて最初からミスをするつもりでしたわけではないし、一生懸命執刀をしたとしても、哀しきかな人間のすることである以上、ミスという事は付いてまわるわけで、患者が死んでしまったから「金よこせ」ではあまりにも非人間的行為だと思う。

ミスをした医者は人間ならばこそミスをしたわけで、それをネタに金をせびる遺族は、人間以下の非人間的な行為といわなければならない。

ところがこれを裁判という公の場で言い争うと、一生懸命執刀したがついうっかりミスをした医者が敗訴し、相手のミスに付け込んで金をせびる遺族側の勝訴となる。

医療ミスが起きるような手術というのは、本当は大変な手術だと思う。

大変に複雑な手術ならばこそミスも起きるわけで、そのミスも手術をするのが人間ならばこそあるわけで、ロボットが決められたプログラム通りに動くとしたら、ミスというのもありえない。

亡くなった患者には申し訳ないが、その患者はそれまでの天命であったわけである。

物事をこう考えることが「畏れを抱く」ということだと思う。

それは何でもかんでもあっさりあきらめよというわけではないかが、人間にはあきらめも時と場合には必要だということだと思う。

宇宙ロケットで宇宙を往復できるのは紛れもなく人間の英知の結集としてのテクノロジーがそこにあるからであるが、このような人間の英知を結集しても尚人間のすることにはミスというものが付いてまわるわけで、人間はミスをするからこそ人間といえるのかもしれない。

誰一人として意図的にミスをするわけではなく、関係者全員がミスのないように鋭意努力しているにもかかわらず、やはり人間のすることにはミスが付いてまわるわけである。

医者の中にも段々があって、同じ手術を何度も経験したベテランもいれば、始めて執刀する新米の医者もいるはずで、新米ならば新米なりに手当てをして手術を実施するがずだが、それでも尚不測の事態が起き、たまたま運悪くそれに遭遇してしまうというのは天命としか説明がつかない。

なくなった本人にはまことに気の毒であるが、それはその人の持って生まれた宿命としかいいようがない。

遺族としては腹の虫が収まらないとしても、それはそれで致し方ない。

そういう宿命に対して裁判で医療機関の側に金を要求するということは、極めて不遜な発想だと思う。

ところがここで裁判となると、裁判官というのは第3者として極めて無責任な立場にいれるわけで、死んだ人が可哀相だという感情論に支配されている。

医者がいくら努力をしたとしても、結果として患者が死んでいる以上、医師の敗訴ということになる。

ここにも我々の神を畏れぬ不遜な発想がはびこっていると思う。

裁判だとて人間がやっていることに変わりはないはずだが、ここでは人間は決して失敗、ミスをしないと思われており、裁判の判決というのは絶対善となってしまっている。

つまり人間というのは物事を自分の都合に合わせて、自分の都合の良いほうに解釈しているだけで、この人間世界には決して絶対的な正義というものは存在していないと思う。

正しいと思っていることでも視点をちょっと変えれば大きな矛盾が浮かび上がってくるわけで、自分の都合にとっていいように現実を解釈しているに過ぎない。

この矛盾を真摯な視点で見るということが。「畏れを抱く」ということだと思う。

 

概念の衝突

 

人類は誕生以来不老長寿を願ってきたが、人々の願いはだんだんと現実のものとなってきて我々はずいぶん長生きをするようになった。

これは人間の英知の結集がそういう現実を生み出したわけであるが、人間が長生きをするようになれば、我々が今までに想像もしていない新たな問題が浮上してきた。

それがガンであり、老人の痴呆であり、ボケの問題である。

人類の過去の歴史は、人間がこれほどな長生をすることを想定していなかったので、今その問題に直面すると考え方を根本的に変えなければならなくなってきている。

今、21世紀に生きる我々、人類は、古い概念と新しい概念の衝突の中で生きているわけであるが、人々は古い概念からなかなか脱出しきれないでいる。

それはまず第一に、不老長寿というものを否定することから始めなければならないと思うが、人々はなかなかそれに踏み込むことが出来ないでいる。

人類誕生以来、「人間は長生きすればするほど目出度いことだ」という古い概念を捨てきれず、人が平均寿命に至る前に死ぬことは不幸なことだという既定の概念を打ち破ることが出来ないでいる。

そんなことを口走れば人ではないかのような印象を受けがちである。

ところがそれは現実の人間の営みというものを知らない人の発想ではないかと思う。

現実に老人を抱えて生活をしている人からすれば、そのこと自体が既に地獄であるにもかかわらず、第3者は部外者として、如何にも奇麗事を並べて体裁を繕っているわけである。人間には個人差というものがあり、そこにはその人の背負った宿命ということまで含めて一人一人の人間には与えられた人生の時間というのは違っていると思う。

それを素直に受け入れるということが「畏れ」を知るということだと思う。

人が長生きするようになったので、近年老人介護の問題がクローズアップされ、介護保険なるものが制定されたが、これは大自然の摂理に真っ向から反するものだと思う。

人も他の生き物と同じように年老いたら自然と消滅すべきであって、それを少しでも長生きさせようというのは、それこそ神をも恐れぬ不遜な発想だと思う。

しかも、いかような手立てをしても、人は死から免れないわけで、それでも死にかけた老人を社会全体で面倒を見ようというのは、自然界の摂理に反する発想である。

それは人類が戦争反対を唱えながら戦争をしている図と同じで、ただただ生きている人たちだけの自己満足に過ぎないと思う。

人類の掲げる細大の欺瞞だと思う。

人生わずか50年であった時代には、ガンも痴呆も老人の俳諧も、排泄の不始末も存在しなかった問題である。

これらの問題は。人間の自尊心に関わる問題であるが、人が自分の自尊心を失うまで生きる、ということ自体自然界に対する冒涜だと思う。

人間の理念として、不老長寿が素晴らしいことだ、という古い概念から一歩も出ていないから、「年老いた老人を社会全体で面倒見ましょう」という発想に至るものと思う。

これは人間の考えうる最高に気高い概念であることは間違いない。

だからこそ誰も正面切って反対はできないが、人間が自分たちの理想の世界を概念の上に作り上げて、それに向けて一目散に駆け上がるということは、人類全体が奈落の底に向かって走り出したようなものだ。

旧ソビエット連邦の建設当時のように、人間の理想の概念の実現に向けて。理想の国家の建設に一丸となって走り出したはいいが、その行き着いたところは又旧来の人間臭い、理想の対極にある現実の薄汚れた社会ではなかったか。

人間の描く理想の社会というのは案外こうしたもので、それは無理もない話だと思う。

理想というのはあくまでも「絵に書いた餅」である間は理想たりうるが、その理想を実現しようと思うと、途端に人間の作為が絡んできて、「絵に書いた餅」が「砂上の楼閣」になってしまうわけである。

それは人間の頭の中で描いた理想は、あくまでも概念の産物でしかなく、人間はそういう概念の中で生きているわけではなく、現実の中に生きているわけで、その現実というのはそのまま自然界の摂理に従ってある、ということを忘れているからだ思う。

人間の老化現象というのも自然界の摂理に従ってあるわけで、介護によってその自然の摂理をコントロールしようとしても、それは土台無理なことである。

年老いた老人に対して、一番親切なことは自殺の勧め、自死の勧めだと思う。

介護を受ける身になるという事は、既に自殺することも出来ない身になっているということに他ならない。

自尊心も既に失せてしまって、羞恥心もどこかに置き忘れてしまった状態が介護に必要な条件なわけで、これは一見親切心をうたっているように見えるが、非常に理性ある大人に対しては酷な行為だと思う。

人間には多様な考え方があることは周知の事実であるから、老人の皆が皆、自殺、自死を望んでいるとは限らないが、それを望んでいる人にはその手助けをすることが一番年老いた人に対する親切だと思う。

ところが現時点では自殺の手助けをすれば、自殺幇助という罪に問われ、犯罪者にされてしまう。

自殺という事は本人の自らの意志なのだから、これほど貴重な選択もないと思うのだが、そこに古い既成概念で、「自殺は悪だ」という認識に阻害されて、自らの選択を阻止することが美徳となってしまっている。

そこには「人間というのは自らの天寿を全うすべきだ」という人類誕生以来変わることのない認識に支配されているからに他ならないが、21世紀の今日、この人類誕生以来の価値観というのも変化してしかるべきだと思う。

これから先の地球上では人間というのは長生きするばかりで、既にエネルギー問題や食料問題では危機が叫ばれているにもかかわらず、今生きている人間が、人類誕生以来の古色蒼然たる意識を後生大事に抱え込んでいていいものだろうか。

長生きが目出度いなどという意識は19世紀末までの観念ではなかろうか。

人がオギャアと生まれ、青春時代から壮年期を向かえ、そろそろ老境に差し掛かるというころになれば、人は自らの余生というものを自ら考え、どこでどういうふうに人生の幕を下ろすか、自ら考えることが必要になるのではなかろうか。

それが21世紀以降に生きる人間の在り方となるのでなければ、地球そのものが人間に押しつぶされてしまいかねないと思う。

20世紀から21世紀にかけては、人間の科学技術やテクノロジーは素晴らしく発達したわけで、情報は隅々にまでいきわたり、人は何時までも生物学的に生きておれる時代となれば、不老長寿などと喜んではおれないと思う。

そして人は皆平等で、悪い人も善良な人も同じように生きる権利を主張するとなれば、この地球上は人で埋め尽くされてしまうに違いない。

そこまで行けば奇麗事を言っている余裕もなくなってしまうと思う。

ところが、そこで本音をいうと殺伐とした社会になるわけで、理想論と本音がぶつかり合うようになると思う。

理想論と本音がぶつかりあったとしても、人間の生き様というのは、本音の部分に支配されるわけで、理想論というのは何時もいつも画餅に終わりがちである。

最後は本音の部分に凱歌が上がるわけで、人間は本音でしか生きれないものと思う。

年老いた老人なかには、自らの選択で人生の幕を引きたいと思っている人がいると思うのは、私ひとりではないと思う。

ところが現状ではそれが許されないわけで、自ら自分で人生の幕を引くという事は、実に大変なことである。

本人はまだしも、周囲に迷惑を掛けることになるので、それが憂鬱である。

「そんなに死にたければ勝手に死ねばいい」と人は簡単に思うかもしれないが、いざとなるとこれがなかなか大変である。

人間が本音で生きるということは、もともと持っている本能のおもむくままに生きるということで、これは文化。文明とは対極の位置にあると思う。

人は、本来持っている本能を、意志の力でコントロールしながら生きているわけで、これがルールに順応するということだと思う。

ところが、このルールというのが、以前は人間のミニマムの要求を抑え込む方向に機能していたが、だんだんとその枠を乗り越えて、理想により近いところ、つまり人間の欲望をより満たす方向に擦り寄ろうとしているわけで、理想はあくまでも理想であるということを忘れて、人間の欲望を満たすことを実現しなければならないという発想に至ったわけである。

人類誕生以来の理想として不老長寿があるわけであるが、この理想も生物学的には既に実現しているように思える。

ところが生身の人間、普通の人の意識は、生物としての個としていくら生物学的に長寿を維持したところで、人間としての尊厳を失った生き物としていくら長生きしたところで意味を成さないということに気がついていない。

人々は、生ある個人は一分一秒でも長生き刷ることが善であると思い違いをしているわけである。

この思い違いから脱却できないので、人が天命を全うしたにもかかわらず、医師の対応が悪かったとか、医療の不備だとか他人に責任を転嫁して、自己の思い違いを正当化しようとするわけである。

人が自然の摂理に素直に順応して生きているとすれば、そこには図らずも自然に対する「畏敬の念」というのは極当たり前に生じてくるように思う。

人が理想と現実を混同するから、自然に対する「畏敬の念」というものが喪失するのではないかと思う。

理想というものが画餅であるということを忘れてしまっているので、物事がその通りにならないと、それは人間の側に理由があるのではないかと思ってしまうわけである。

人間の文明が進化すると、ますます現実と理想のボーダーラインが曖昧となり、人が早く移動するために車を発明し、人が空を飛びたいという願望の元に飛行機というものが出来、人が難しい計算から解放されたいという願望の下、コンピューターというものが発達してきたわけである。

人の命も、ただ単純に生物学的だけのことならばかなり長生きが可能になったが、生物学的に死んでいないという事は、人間としては形骸化してしまっているわけで、本人は生きているという実感がないまま他人に生かされているということである。

そこには本人の意思は介在しておらず、ただ周囲の人々の自己満足で生かされているだけにもかかわらず、それをよしとする人がいるわけである。

 

自然人の考え方

 

人間は歴史を経るに従い様々な知識を得、高度な技術を習得すると、人間に出来ないものはないという錯覚に落ちっているのではないかと思う。

そこに神をも畏れぬ思い上がりが生まれてくるものと想像する。

人間はこの地球上に生きる最高に高度な思考をする生き物で、霊長類などといわれているが、それゆえに人間に出来ないものはないという心境を持つわけであるが、人間の考えることにも限界があるわけで、それは決して自然を超越することはできないのではないかと思う。

その尤も具体的な事例が、旧ソビエット連邦の崩壊ということではないかと思う。

あれは壮大な社会主義国家の実験というふうに言われているが、確かに実験の段階で崩壊したわけである。

旧ソビエット連邦というのは、当初は社会主義国家の建設に熱情的に燃えたのであるが、この社会主義国家の建設というのは、人間が人間の英知で考えた理想の社会であり、理想の国家であったはずである。

この考え方が人間の考えうる最高の理想であったが故に、今でも遅ればせながらその幻影から目覚めていない人がいるが、考え方がいくら理想に近いものであっても、それを実施し、遂行し、統治をするのは旧態依然たる人間であったわけで、その人々を統治する側の人間が旧態依然たる思考のまま、理想の実現にいくら邁進しても、理想の実現には至らなかったわけである。

理想的な政治理念と、現実の政治というものには大きな乖離があったわけで、理想の実現に邁進するという行為は、あくまでも政治の領域を免れるものではない。

あの旧ソビエット連邦の約70年間にわたる壮大な実験は、人を統治するという行為が、理想の通りにはいかないということを如実に露呈したわけである。

無理もない話で、理想というのは人間が後からついてきた知恵や考え方や、イメージによってだんだんと膨らみ、大きくなり、それが実現するかしないかわからないからこそ、理想であり続けるわけで、夢や希望を持つことは良いことだとはいうが、そればかりを無為に追いかけていても、現実の生活はついてこないわけである。

人間は日々生きていかなければならないわけで、夢や理想を食って生きていける獏ではないので、日々の生活のためには、銀実に立ちかえらければならなかったわけである。

人が理想を追いかけるということは人として生きる指針にはなる。

だからといって不老長寿を追い求めるというのも全く馬鹿げた話なわけで、人はいつかは死ぬ、という現実を素直に受け入れなければならない。

人がこの現実を受け入れるときに「畏れ」という概念が生きてくると思う。

自然に対する「畏敬の念」というものは、理想をあきらめ現実に立ち返らなければならない、と感じ思ったときに生まれてくるのではないかと思う。

人が自然のままに生きるということは、現代人にとって本当は素晴らしいことであるが、これは究極のところ、文化・文明に逆行することで、言葉を変えて表現すれば、野蛮な生き方に立ち返るということである。

足を踏まれたら踏みかえす、一つ殴られたら一つ殴り返す、やられたらやり返す、盗られたら盗り返す。これが人間として極めて自然な原始の姿だと思う。

もっとも自然に近い発想だと思う。

しかし、それは同時に野蛮そのものである。

戦後の我々は、こういう素朴な考え方を持っているのであろうか。

我々は大いに文化的で尚且つ野蛮の対極にいるので、誰一人こういう素朴な自然人の発想を持っていないのではなかろうか。

素朴な自然人の考え方を超越しているということは、人間の理想により近いところにいるということであるが、そのことが理想と現実のボーダーレスを生んでいると言えないだろうか。

素朴で自然人の考え方から遠いところにいるもんだから、自然に対する「畏れ」というものを信じようとせず、物事は人間が英知を傾ければ何でも解決できると思い込んでいるのではなかろうか。

これを突き詰めれば自己満足に過ぎないわけで、我々日本人だけがいくら文化的に進み、野蛮な自然人の発想からかけ離れた思考をしていても、我々をとり囲む周囲の状況というのは、人間の本能丸出しの野蛮人、自然人がうごめいているわけである。

我々だけが如何に突出して文化的に進んだ思考をしているとしても、周囲が原始人のままの状態ではそれは意味を成さないわけである。

 

東京裁判の正当性

 

この文章をしたためている今、外ではせみ時雨が姦しいが、もうすぐ終戦記念日が来る。終戦記念日が来ると我々は「不戦の誓い」を新たにするわけであるが、これも考えて見ると実に不思議なことで、日本を除く世界の野蛮な国々には、戦勝記念日というのはあるが敗戦記念日などというものがあるだろうか。

戦争に負けるなどということは自然人の発想からすれば実に不名誉なことで、民族的にこぞって記念すべきことではないのではなかろうか。

その日を「屈辱の日」として、捲土重来を期す意味でなら理解できるが、「我々は戦争に負けたから、もう戦争は致しません」と云うことを思い出させる日というは、論理的におかしいのではなかろうか。

それに反し、戦いに勝つということは極めて名誉なことで、それこそ民族こぞって顕彰するに値することだと思う。

ところが我々は文化的で野蛮人の対極にいる民族で、自然人から最も遠いところに位置する民族だから、この戦いに敗れた日というのを後生大事に顕彰しているわけである。

そして老いも若きも戦争反対を唱えているが、戦争反対などということは、何も我々日本人だけの専売特許ではないわけで、この地球上に生を受けている人間ならば誰しも皆同じのはずである。

戦争反対と叫んでいれば、この世から戦争がなくなれば、こんな目出度い話は他にない。戦後、我々は58年間も戦争反対を叫び続けてきたが、この地球上から戦争というものが少しでも減ったであろうか。

我々が戦後58年間叫び続けてきた戦争反対のスローガンは、この地球上の日本以外の野蛮な国々、野蛮な民族にとっては「暖簾に腕押し」、「蛙の顔にションベン」のようなもので、なんら実効を伴っていなかったではないか。

「日本の常識は世界の非常識、世界の非常識は日本の常識」という俚諺は、まさしく的を得た表現で、我々が戦後58年間してきたことは全くこの俚諺の通りである。

今の日本人の平和思考を見ていると、日本が58年前に戦争で敗北したということを屈辱と考えていない人が大部分ではないかと思う。

戦後生き残った人々の回想録を見ても、8月15日は「開放の日」という捉え方をしている人は多いが、あの日を「屈辱の日」と捉えている人は皆無である。

そして不思議なことに、勝者を賞賛する人は多いが、だとすればその反対側に我々を敗戦に導いた同胞を糾弾する声もあまりない。

その上、あの東京裁判、極東国際軍事裁判というのは勝った側が敗者を好き勝手に裁いたにもかかわらず、それを至上のもの考えている我が同胞を我々はどう考えたらいいのであろう。

我々は昭和の初期、我が民族のみならず東北アジアの諸民族の安寧秩序を維持せんがために、その方法と手段を暗中模索していたわけで、当時のわが国の政治と外交はそれを具現化しようとしていたわけである。

その過程で、政治・外交としての判断と、未来予測を間違ったがゆえにアジアで不要不急の軋轢を生んでしまったわけであるが、その結果として昭和20年の敗戦という結果があるわけである。

ただ単に遊びや楽しみでアジアで人を殺したわけではなく、それは民族の生存にとって必然と思われていたわけで、その判断と未来予測の間違い、そしてその結果に対して、本来ならば我が同胞のうちから失敗の責任者を糾弾しなければならなかったはずである。

それを勝った側が勝手にしてしまったものだから、我々の民族の内側からの糾弾というのは無しで済んでしまった。

これは戦後に生き残った我が同胞の責任だと思う。

あの占領期という時代を考えると、占領軍というのは日本のあらゆる権力を超越していたわけで、彼らが不問に付した事柄を、再び我々の側から蒸し返すということも実現不可能であったことは否めないと想像する。

占領軍が由とした事にたいして反対するという事は当時の状況からしてかなり無理であったろうと想像する。

ここで我々は、占領軍が見落とした我々の側の戦争犯罪者、つまり我々、日本民族を敗戦という奈落の底に突き落とした同胞というものを考えて見なければならない。

軍事的にはなんといっても石原莞爾と辻政信である。

石原莞爾は満州事変というものを具体的に計画立案し、自分で遂行したにもかかわらず、東条英機と仲が悪く、日米開戦のとき閑職にいたので東京裁判を免れてしまった。

本人でさえ、「俺を裁かないのは間違っている」と言っているわけで、これは明らかに連合軍側のミスである。

辻政信はノモンハン事件を始め、彼が関与したあらゆる作戦がことごとく失敗しており、彼は失敗を重ねながらもその責を免れ、日本の乏しい資力を浪費することに貢献していたわけである。

旧軍人ならば敗戦の暁には彼を八つ裂きにしても尚溜飲は下がらないだろうと思う。

しかし、我々はそういうことをしてはいない。

戦争には当然勝ち負けがあるわけだが、近代以降の戦争ではこの勝ち負けというものが案外はっきりとしていないところがある。

日本は確かにポツダム宣言を受諾し、天皇陛下が詔勅を読み、戦うことを放棄したが、中国大陸では日本の軍隊が海に追い落とされたわけではない。

満州においては終戦の1週間前に参戦した旧ソビエット軍に日本の支配地というものは略取されてしまい、北方4島にいたっては戦後の一方的な侵攻によって略取されてしまったが、本来主権国家同士の戦争の終結という事は、その時点での現状維持で終わるべきではなかったかと思う。

その後の二国間の協議で双方の領土というのは確定するにしても、その協定が成立するまでは戦争が終わった時点の現状維持が基本ではなかったかと思う。

理屈はそうであろうとも、人類の歴史というのは理屈どおりにはいかないもので、勝てば勝った方はなんでも出来るし、するのが我々人類の歴史であり、それが人間としての普通の行為であったわけである。

私が不思議に思うのは、我々は戦後この人間としての普遍的な思考と行動を否定する発想に凝り固まっているということである。

武力を持って異民族の間に入っていけば、そこには予期せぬ無用の殺生というのは必然的に起きるのが人間の習い性だと思う。

これは人間の理性を超越していると思う。

異民族の中に入っていくということは、やらなければやられる状況の中に身を置くということで、自らを守るためにしないでもいい殺生を引き起こすことも間々あるに違いない。ならば「そんなところに行かなければ良い」という発想に繋がるが、それでは我々同胞の現状打開と未来への発展が望めない、と昭和初期の我々は思い込んでいたわけである。

そのために大陸に渡ったわけであるが、この歴史を検証することは、価値観の相違という問題を克服しなければならない。

この東京裁判、極東国際軍事法廷では勝者が敗者を裁くという構図であったが、果たして中華民国が勝者たりえたであろうか。

対米戦そのものが紛れもなく西洋列強、アメリカをはじめとするキリスト教文化圏のジャパン・パッシング以外のなにものでもないわけで、この事実を認めようとせず、我々の同胞の中からでさえ、東京裁判を正当化する発想というのはいったいどうなっているのであろう。

戦争が悲惨なものであるということは人類誕生のときから変わらないわけで、それを21世紀に至る今日でも念仏のように唱えていれば、平和に暮らせると思い込むほど馬鹿げた話もないと思う。

戦争には相手があるわけで、こちらがいくら不戦の誓いをしたところで、それは相手にとっては痛くも痒くもないわけで、相手からすればこれほどありがたいこともないわけである。

「いくら頬っぺたを叩かれても私たちは反撃しませんよ」と公言しているとすれば、相手にとってこれほどありがたいこともない。

 

PTSDに陥った我々

 

精神病の症状の中にPTSDというものがあると聴く。

心的外傷後ストレス障害というものらしいが、要するに強烈なショック、災難とか、災禍とか、強烈な刺激や印象を受けると、その人の受けた精神的パニック状態がなかなか元に戻らず、完全に立ち直れないという症状らしいが、我々日本人はあの終戦という事柄で完全にこのPTSDに陥っていると思う。

あの終戦、敗戦という未曾有の大混乱を経験したおかげで、人間が本来持っているべき基本的な思考というものがどこかに行ってしまって、本来の人間としての自然な思考に戻れなくなってしまったに違いない。

人の諍いには相手があるわけで、その相手の言うなりになっていれば確かに血を見ることはないかも知れない。

しかしそれでは我々の民族としての誇りは捨ててもいいのかと問い返すと、それは政府の考えることで、庶民は関与しないという無責任な回答しか返ってこないわけである。

つまるところ、今日の飽食の日本では、日本を実行支配しようとする外国など「有りうるわけがない」という考え方に依拠していると思う。

今日の我々の状況から見て、我々を中世の奴隷のように支配しようとする国家など、この地球上にありえないと思い込んでいるわけで、これこそ神をも畏れぬ不遜な行為だと思う。今日でも、半世紀前ならば完全に戦争に訴えても解決すべき問題が山済みしているにもかかわらず、そういうものは総て政府の責任で、国民としてはなんら関与すべき問題ではないと思い違いをしている。

中国から首相の靖国神社参詣でイチャモンを付けられても、韓国が日本の教科書にまで嘴を入れてきても、北朝鮮が日本人を拉致したとしても、飽食の日本の国民の大部分にとっては些細なことなわけで、そんなことは我が日本民族の恥でもなければ、自尊心を傷つけることでもなく、まして国家の威信が傷ついたわけでもなく、ただ単に日本政府が稚拙なるがゆえ相手に舐められている、という考え方で通してきているのである。

これは当然の帰結であって、日本は憲法で「決して武力に訴えることはしません」とうたっているのだから、相手はしたい放題、言いたい放題である。

今の日本では幼稚園児から小学生の段階にまで平和教育という名の闘争心をスポイルする教育が成され、戦争反対というスローガンを鵜呑みにする教育がなされているが、ここにも我々日本民族が歴史から何も学んでないということがいえていると思う。

振り返ってみると、58年前の我々は、それこそ幼稚園児から小学生にまでそのことごとくが軍国主義者であったわけで、「大きくなったら立派な兵隊さんとなって国のために戦います」といっていたことを思い浮かべてみるべきである。

これはいったいどういう事なのであろう。

今、日本の社会を形作っている世代というのは、58年前の小国民としての軍国少年少女の次の世代と言ってもいい。

この世代は戦後の民主教育の元で成長してきたわけで、そのことは同時に日本人の古来の思考乃至は発想というものを全面否定することを学んできたわけである。

終戦という未曾有の大混乱を経験することで、我々日本民族というのは完全にPTSDに陥ってしまったわけで、その結果として全員が平和主義になってしまったと思う。

ならば平和主義者として、中国が日本の首相が靖国神社参詣するのに干渉してくる問題についてどう答えを出すのか。

中国が干渉するから首相は靖国神社に参詣することを「止めよ」というのであれば、それは相手に丸まる屈服することになるわけであるが、それでも血を見るよりはましだ、というのが今の日本人の普遍的な思考だと思う。

相手からいくら馬鹿にされても、血を見るのが嫌だとなれば、こういう選択しかありえないわけである。

これが戦後の日本の知性の本質である。

これが日本の理性ある判断と称するものの本質である。

誇りや、名誉や、愛国心で我々は生きておれないという現実である。

日本の立派な知識人は、自分たちの政府にこういう選択をさせておいて、その後ろから「日本政府がだらしないからこういうことになるのだ」と罵声を浴びせているわけである。

これが21世紀に生きているわが祖国、わが同胞の現状である。

 

理想を追うという欺瞞

 

東京裁判、極東国際軍事法廷を頭から信じ、勝った側が裁いたのだから、あれが絶対的な「善」だという発想はいったいどこから出てくるのであろう。

あの戦前の日本臣民の一億総軍国主義の時代から、敗戦を契機として今度は一億総平和主義者になるというのはいったいどういうことなのであろう。

戦争状態という非日常の時期に、近代の国家総力戦で闘うということは、当事国の全員が死に物狂いで戦ったわけで、我々だけ、我が同胞だけが学徒動員や学徒出陣で苦労したわけではない。

勝った側のアメリカでもフランスでもイギリスでも旧ソビエット連邦でも、我々と同じ程度の苦労をしているわけで、彼らとて物見遊山で高みの見物をしていたわけではない。

あの戦争で悲惨な目にあい、飢えに苦しみ、住むところを失ったのは我々だけではなく、彼らも同じであったわけである。

肉親を失い、父や兄やその他の兄弟を失ったのは我々だけではなく、勝った側とて同じであったはずである。

ところが結果として我々は敗北し、彼らは勝利者の位置を占めたわけで、勝てばその代償を求めるのは極めて人間的な行為だと思うし、それでこそ自然人として普遍的なことであろうし、それが人間の生存にとって極めて基本的な生存権だと思う。

ところが戦に負けたからといって、敗者が勝者におもねる必要はさらさらないわけで、負けた側は臥薪嘗胆して再起を期すというのが人間の自然の発想ではないかと思う。

ところが戦後の日本人というのは、そこの部分を前に述べたPTSD,つまり心的外傷後ストレス障害にかかってしまって、人間としての基本的な思考からかけ離れた精神状態に陥ってしまっている。

アメリカから2発原爆を食らったら、それを倍にして今度はワシントンやニューヨークにお見舞いしてやろう、旧ソビエットが北方4島を不法占拠しているのならば力でそれを取り返してやろうという自然の原始人としての考え方を失ってしまっている。

「原爆で悲惨な思いをしたから、もう戦争は止めましょう」というのは、原始的な人間の発想ではなく、極めて理知的、崇高な思考であることは認めるが、我々の取り巻く状況というのは、そういう崇高な精神を受け入れる状況にあるのだろうか。

日本の平和宣言を「立派な考え方だから諸手を上げて賛成し、それを推奨します」と、日本の後についてくる国が今までにあったであろうか。

負け犬の遠吠えと同じで、誰一人それを真剣に考えてなどいないと思う。

この地球上の主権国家の中で、日本の平和宣言を真摯に受け入れて、真剣に非核という問題を考えている国があるであろうか。

イランや北朝鮮を始め、イラクも、イスラエルもパキススタンも、日本よりもうんとうんと経済力が乏しい国でさえ、核兵器が欲しく欲しくてならないわけで、そういう国から日本をみれば、まさしく馬鹿に見えていると思う。

心の中では馬鹿だと思っていても、日本から経済援助を引き出さなければならないこれらの国は、正面から馬鹿とは言わないわけで、日本から金を引き出したら最後、それを核兵器の開発に使っているわけである。

人間が理想を持って生きることは非常に良いことであるし、それがなければ人は生きておれないと思う。

この戦後の日本人の理想の集大成というものが平和主義であったとすれば、戦前の日本人の理想というのは、大東亜共栄圏の実現であり、軍事力で以ってアジアの不安定を克服することであったわけである。

戦前も戦後も我々は理想に燃え、理想に向かって一丸となって邁進していたわけである。

ところが、本当はここに我々日本民族の弱点があるわけで、我々が一丸となって理想に向かう、ということを我々の内側から解き明かさなければならない。

 

謙譲の美徳

 

我々はなぜ一億総平和主義であったり一億総軍国主義者であったのだろう。

この問題を我々の内側から解き明かさないことには我々の未来はないと思う。

ところが今日、我々は飽食の中に生きているわけで、この状況というのは民族の誇りや、名誉や、自尊心があろうがなかろうが、そういうこととは関係なく現状があるわけで、この現状にどっぷりと浸かっている限り、あえて火中の栗を拾う勇気を持ち得ないのである。いくら中国が日本の首相の戦没者慰霊祭に文句を言おうが、いくら韓国が日本の教科書に文句を言おうが、いくら北朝鮮が日本人を拉致しようが、それは我々の生活を根底から覆すような重大なことではないわけで、そのために新たに血を流すことのほうがよほど恐ろしいわけである。

まさしく「金持ち喧嘩せず」の諺言の通りで、こういう民族はいずれは零落に向かうと思う。

それこそ自然の摂理の通りで、人類誕生以来、常に右肩上がりの成長をし続けた国家、民族というのはこの地球上には存在していないわけで、如何なる国家であれ、民族であれ、栄華を極めた後は零落の方向に向かうわけである。

21世紀の我々。日本人というのも、この自然の摂理の通りの軌跡を歩んでいるわけで、右肩上がりの頂点が1970年代で、それ以降はだんだん右肩下がりに零落の方向に進みつつあると思う。

現在、我々は文化的に混沌の中に生きているわけで、これから先世界がますますグローバル化してくると、日本人のアイデンテイテイというのは、ますます希薄になってきて、最高度に発達した日本という国に、世界各地から蜜にたかる蟻のように有象無象のよからぬ外国人が入ってくるに違いない。

現にイラン、イラク、中国あたりから来た外国人が、日本の繁華街で良からぬ物を売り買いしているし、北朝鮮は麻薬の販売をしようと手薬煉ひねっているし、不良外人を締め出そうとすると、我が同胞の中から反対論が出てくる始末では、これから先の日本はかっての日本でありうる筈がない。

繁栄している国に、周囲から人が集まるというのはある意味で自然の摂理で、大自然の流れであるが、それは当然周囲との軋轢を生むというのも必然的なことのはずである。

20世紀後半のヨーロッパでも、これと同じ問題が起きていたわけで、文化的に成熟したヨーロッパにトルコあたりから出稼ぎ労働者が大挙して押し寄せてくれば、もともとの住民とトラブルが起きるのは当然のことである。

イラン、トルコ、ブラジル、北朝鮮、中国という国から日本に出稼ぎに来れば、来た人はもう本国に帰りたくないと思うも当然だと思う。

我々の同胞が嫌う3Kの仕事があれば、彼らはそれに従事することによって、日本で生活できるが、不景気でそれがなくなったとすれば、彼らは生きんがために悪に手を染めざるを得ないわけである。

こうなるともう日本の再生という事はありえないと思う。

元来、我々は島国なるが故に、外来のものには寛容であった。

ところが戦後という時代は、我々が自分たちのアイデンテイテイを放棄してしまったので、寛容ということが意味を成さないわけで、相手の意のままに牛耳られてしまう状態になっててしまっている。

繁華街で、良からぬ外国人から麻薬なり、アヘンのような媚薬を買うのは日本の若者なわけで、これではこの先の日本の運命は押して知るべしである。

そんな外国人は全部「強制送還せよ」と言うと、「人権問題に関わる」と日本の知識人がのたまうわけで、これでは日本の底辺から頂点にかけて日本社会というピラミットの総体で不良外国人を擁護し助けているようなものではないか。

中国人が日本語の勉強という名目で日本に来て、日本国内で窃盗団を結成して稼ぎまわっている現状をどう説明するのかと問いたい。

我々は戦後中国に対して正面からものを言うことをためらっている。

先の戦争の贖罪の気持ちがそうさせていることは理解しているが、しかし、はっきりと正面からものを言ってみないことには、相手にもこちらの気持ちがわからないわけである。外交である限り、ある意味で言葉の戦争でもある。

我々は武力を使わないことを宣言している以上、言葉で戦いをいどむ以外ない。

いつもいつも相手の言うことを「お説ごもっともです」と聞いているだけでは、相手に馬鹿にされるだけで、真の理解ということにはならない。

言葉の戦いでは相手は百戦錬磨の優れもののはずであるが、武力を使わないということが前提となっている以上、駄目元で、言うだけは言ってみる価値はあると思う。

当然、武力を使わない以上こちらのカードは札束になろうが、札束をちらつかせては、それに条件をつけて、札束で相手の頬っぺたを叩くぐらいの意気込みでかからねばならない。

言葉の戦いである以上、奇麗事は通用しないはずで、本音と本音をぶつけ合うほかないが、これが我々には実に不得意な分野である。

というのも、我々には相手を「慮る」という謙譲の美徳というものがあって、相手をコテンパンにやっつけるということを忌み嫌う風潮があるからである。

我々同志の交渉ごとでも、相手に逃げ道を作っておくということで、相手を慮る心意気が美徳とされているわけで、それが高尚な精神とされているからである。

この日本独自の精神構造というのは、なかなか外国人には理解しがたものではないかと思う。

特に相手が中国人と来れば、謙譲の美徳などという機知と機微に富んだ相手を慮るという行為は想像もつかない異次元のことに映るに違いない。

 

相手を慮る心

 

平成15年8月15日、テレビで全国戦没者慰霊祭の様子を見た。

報じられるところによると、あの戦争でなくなられた同胞は約310万人といわれている。これだけの人が死んだにもかかわらず、あの慰霊祭に参列している誰一人として相手を恨んでいる人がいないというのはどういうことなのであろう。

天皇陛下から内国総理大臣まで、「決して再び戦争を繰り返してはならない」という事は述べられたが、相手を恨む気持ちは微塵も現れていない。

我々はまさしく平和国家といわなければならない。

公のセレモニーだからということもあり、あえて顰蹙を買うような発言を控えるということもあったと思うが、それにしても戦後の我々は、上から下まで徹底した平和主義ということはある意味では尤も幸せなことであり、世界中にこの我々の生き方を宣伝鼓舞する必要があるものと思う。

ところが世界から我が日本を見れば、恨みを失った民族は人間ではない、という価値観に支配されているわけで、我々の平和主義というのは、彼らの心を捉えるものとはならないであろう。

「310万人も殺されてよく黙っているな」というのが世界の普遍的な人間の思考だと思う。

今年の初頭に行われたイラク戦争でも、アメリカがイラクに侵攻して壊滅的にイラクを攻撃しても尚、イラク人の抵抗が続き、アメリカ兵は毎日のように殺されているではないか。1945年マッカアサー率いるアメリカ占領軍が日本に上陸してきたとき、我々はテロで抵抗したであろうか。

港から駐屯地に進軍するアメリカ兵に手りゅう弾を投げたりしたであろうか。

我々の戦争の負け方と、イラク人の戦争の負け方では全く違っているではないか。

戦争の負け方一つとっても、我々の常識は世界の非常識になっているではないか。

私が問題視したいところは、我々の同胞の中に、昭和天皇がポツダム宣言を受諾することを決めた後でも、尚徹底抗戦をしようとし、それを決行しようとした同胞がいたということである。

歴史の教訓としてあの戦争を見るとき、日本の上層部では対米戦が利益を生まないことを知っていた人が沢山いたに違いない。

ところが、この声を封殺したのが、我々の同胞であったというところを深く考察しなければならないと思う。

「二度と戦争をしてはならない」というのはあまりにも奇麗事のスローガンで、その奇麗なスローガンを皆で叫んでいるだけでは歴史から教訓を得ることにはならないと思う。我々は、地球上で最初で最後の被爆国だから、もう二度と戦争は致しませんというのは、論理的に少々違和感があるが、まあ奇麗なスローガンである。

誰もが反駁し得ない、人間性の理性をくすぐる、文化的で、理知的で、奇麗なスローガンである。

それに引き換え「2発も原爆を見舞われたのだから仕返しをしよう」というのは、如何にも好戦的で、人殺しが好きで、暴力団のような考え方に見え、野蛮人の発想に見える。

しかし、喧嘩に負けたら仕返しを画策するのが人間としての基本的条件ではないかと思う。人間としての自然の在り方ではないかと思う。

人類の歴史は、それの繰り返しで、勝った方は負けた側から仕返しをされないような方策を講じ、負けた方はその勝った側の仕返し封じの隙間をぬって、再起を期すというのが人類の辿ってきた歴史だと思う。

当然、地球上の民族の中には勝ちぱなしの民族もあれば、負けっぱなしの民族もあるわけで、負けっぱなしの民族は、飼ったほうに融合されてしまうわけである。

我々のように、負けたからこそ繁栄した民族というのも稀有な存在ではないかと思う。

だから戦後58年にも及ぶ我々の平和主義というのは、立派なもので有効に機能していたのだというは、これも一つの思い上がりだと思う。

民族の誇りと名誉と自尊心を放棄した代償として、今日の我々の繁栄があるわけで、それは言い換えれば、世界の人々の思し召しの上に乗っかっている砂上の楼閣のようなものである。

歴史を反省し、その歴史から教訓を得るとすれば、我々は自らの同胞の深層心理をより深く研究する必要があると思う。

先の例に示したように、昭和天皇がポツダム宣言を受諾しようとする祭にも、これを由とせず徹底抗戦を唱えていた同胞がいたということを真摯に受け止め、我が同胞がどうしてこういう発想にいたるのか、そのもとのところを研究する必要があると思う。

あの天皇の言葉が絶対であった時代に、その天皇の意思に逆らうものがいた、ということを軍国主義、天皇制絶対の時代にどう理解すればいいのであろう。

あの戦争の根本はここに尽きると思う。

昭和天皇というのは基本的に平和主義で、自ら「戦争をせよ」という事は一言も言わないうちに、ずるずると戦争に嵌まり込んでしまったのは、一体どういうことなのであろう。私の極めて個人的な考えでは、それは我々が相手の心を「慮る」という、ある意味でやさしさ、別な意味では、そうすれば相手が喜ぶであろうという自己満足というか、一人よがりの思い込みにあると思う。

相手の心を「慮る」ということは、我々のうちで日本人の美徳というふうに捉えているが、この美徳が結果として我々を奈落の底に突き落としたものと思う。

上は天皇陛下の側近から下は下々の大衆に至るまで、相手の気持ちを「慮る」あまり、良かれと思ってしたことが結果として芳しくなかったわけで、この相手を「慮る」という行為が、我が民族の中だけに通用する概念なものだから、世の中がグローバル化してくると、それは国際社会の中で空回りしてしまったわけである。

この相手を「慮る」心根というのが端的に現れているのが、昭和天皇の平和主義である。昭和天皇は国際社会という相手のことを「慮って」、決して自らは「戦争をせよ」ということを一言もいわれなかったが、これは人類の歴史上に稀有なことだと思う。

一国のリーダーたるものは率先して戦争を宣言し、国民を戦争に駆り立て、先頭に立って前線に行く、というのが誇り高き民族のリーダーであったが、昭和天皇はそれとは逆に、常に国際間の軋轢を避けることに心を砕いていたのである。

「親の心子知らず」というのがこれで、あの厳しい天皇制の中で、天皇の側近が真っ先に天皇の思し召しに反することをしていたわけである。

この乖離は、今の言葉でいえばコミニケーションの不足から起きていると思うが、天皇をあまりにも神に近い人と思い込んでいたものだから、気軽に会話することが出来なかったので、心中に思っていたことと反対の行動となってしまったものと思う。

そして結果として天皇の意思に反する結果を招いたけれども、やっている本人は。一生懸命天皇に尽くしているつもりで地獄の底に突き進んでいたわけである。

我々が歴史から学ばねばならないことは、何故、「天皇のため」と称して、天皇の意思と全く逆のことをしていたのか、ということを究明することだと思う。

我々は相手の心を「慮る」という美徳を持ちながら,何故、奈落の底に転がり落ちたのであろう。

私が思うに、これは日本民族の全部が、つまり日本社会というピラミットの上から下まで、我が同胞の全部が、思い上がり、慢心し、謙虚さというものを失っていたからだと思う。明治維新で、挙国一致で、富国強兵に努めてきた結果、日清戦争に勝利し、日露戦争に勝利したので、我々は世界的にも優れた民族だと思い上がり、慢心して、周囲の民族、他の国々を慮る心根を失ってしまったからだと推測する。

この思い上がりが一部の人々ならばまだしも、日本の全国民がそういう思いを持ってしまったものだから、総体として身の程を忘れてしまったものと考える。

戦後の日本の知識階層というのは、あの戦争は日本の中の一部の人々が引き起こしたという論調であるが、そうではないと思う。

日本の全国民があの戦争に期待し、文字通り「鬼畜米英撃ちてし止まん」と、真剣に思い込んでいたではないか。

この標語の中には、我々の相手を「慮る」という精神は微塵も存在していないわけで、我々の古来の美徳を自ら放棄しているではないか。

一部の政治家や一部の軍人だけのものではなかったはずである。

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