2007年3月のひとりごと

3月31日(土) 晴れ時々くもり

ホテル通り

 ゆっくり起きてのんびり朝食を食べ、ぷらぷらと近くのモールまで歩いていった。
 部屋においてあったカードを持っていくとお土産がもらえるというラウンジを訪ねると個室のようなところへ案内された。 プライベート・ショッピングのお手伝いとかカウンセリングとか書いてある。 ここには用がないと思い、係りの人が来る前に速攻で退出した。
 有名ブランドが目白押しだったが、そういうのに全然興味のない私はなんにも買わなかった。

 マクドナルドでハンバーガーなどを TO GO で買った。 レジのおばあちゃんにこれらはセット・メニューなのかとたずねたら「イエス」という返事だった。 単品が欲しかったので、単品って英語でなんていうのだろうと考えたが分からなかった。 ためしに「タンピン」って言ってみたらすぐに通じた。
 「No4タンピン、No7タンピン、No8タンピン」といいながらおばあちゃんはレジを打ってくれた。
 ホテルの部屋でコーヒー・メーカーでコーヒーをいれて昼食にした。

American girls

 午後からジャングル・クルーズへ行った。 途中からアメリカン・ガールズと同じバスになり、みんなでボートに乗り込み、川を上流へさかのぼっていった。 ディズニー・ランドでやっているもののほんまもんというような感じだ。 ちょっとしたハイキングができそうな山や川などもあり、次回はこういうところをハイクするのもいいなと思った。 帰りの空港の本屋ではグァムのトレッキング・ガイドを売っていた。

ジャングル・クルーズ

 帰りに休憩で寄ったお土産屋さん兼レストランのようなところの近くには戦争中につくられたトーチカのようなものが砂浜に残っていた。
 今日は風が強く波が荒い。 海水浴場と思われる砂浜にはドクロの旗がはためいている。 遊泳禁止ということなのだろうか、それとも単にここのシンボル・マークなのだろうか?  遠浅の湾の沖合いに、凧を使ったサーフィンをやっている人たちが見える。 なにかにはじかれたパチンコ玉みたいに、風をうけてふくらんだ凧に引かれて、水平線上を右に行ったり左にいったりしていた。
 20分以上も休憩時間があったのに、皆さんさっさとバスに引き上げてしまったようだ。 いろんな所をウロウロしながら写真など撮り、5分前くらいにバスにもどったら、どうも私の帰りを待っていたようで、すぐにバスが動き始めた。

 子供達の希望により、今日は初日に食べた中華料理屋で夕食を食べた。 軽く荷造りしてから寝た。

3月30日(金) 晴れ時々くもり

 ABCというところのツアーでパラセーリングとジェット・スキーをした。 パラセーリングとジェット・スキー自体は楽しめたけれど、ABCの設備やメシなどはよくなくて、次回は別のところにしようと思った。 長居をしようという気にもなれなくてさっさと引き上げた。 みなさんそういう感じだった。 ここは一見さんの観光客だけでなりたっているようなクラブなのだろう。

 夕食は日本食レストランへ行ってみた。 今回の旅行で一番高い晩飯だったけれど一番美味しくなかった。 たのんだメニューが良くなかったのかもしれないが。 子供達は食べたりなかったようで、ホテルの売店で買ったおにぎりとカップラーメンを美味しそうにたべていた。

 21時くらいから、サンド・キャッスルでアイス・マジック・ショーを見た。 ワン・ドリンクとしてたのんだワインは最低だったけれど、マジックは面白かった。 でも、もうちょっとトイレをきれいに掃除したほうがよいと思う。
 日本でおこなわれたフィギャー・スケート世界選手権の模様をテレビでみたばかりだったこともてつだい、スケートの滑りはそれほどスゴイとは思えなかった。
 ホテルに帰ってきて風呂に入ったら0時近くになってしまった。 明日は目が覚めたら起きるという予定にして寝た。

WESTINの窓から

3月29日(木) 晴れ時々くもり

 ゆっくりと起き、ホテル変更のおかげでタダになった朝食を食べにいく。 このホテルのエレベータは最上階まで吹き抜けのロビーの中央にあり、外側がガラス張りの展望エレベータになっている。 ロビーは5階で、4階がレストラン街、3-2階が会議室など、1階は朝食会場やエステサロンなどがある。 1階からはそのままビーチやプールにでていける。
 朝食はまあまあ美味しかった。 日本人が圧倒的に多く、時々、韓国人、中国人、アメリカ人(?)がいるという感じだった。

観光潜水艦

 バスにゆられて観光潜水艦に乗りに行った。 バスはいろんなホテルを回っていくのでなかなか時間がかかる。 ホテルの玄関へとつづく道には、かならずバンプとよばれる地面の盛り上がりがつくられている。 バスや車はここを通過するたびにブレーキを踏んでスピードを落とし、ゆっくりとホテルへ滑り込んでいく。 安全のためにはよい設備だ。
 バスを降りてボートに乗り、沖合いにでてから浮上してきた潜水艦に乗り換える。 ひとつ早い時間の乗客が潜水艦の後ろのハッチからでてボートに乗り移り、入れ違いにボートの乗客が前のハッチから潜水艦に乗り込むというシステムだ。
 さんご礁の周りをめぐってから水深44mくらいまで潜航し、そのあと急浮上して潜水艦のツアーは終了だった。 海の中は思っていたほど透明度が高くなかった。 子供の頃に田舎の海水浴場で乗った、船の底が一部ガラスになっていて海の中が見えるようになっていた遊覧船を思い出した。 私たちが潜水艦からボートに乗り移るのと入れ違いにボートの乗客が潜水艦に乗り込み、また潜水艦は水の中へと消えていった。

 ホテルにもどり、ロビーにあったスターバックスで遅い昼食にした。
 15時くらいにタモン・ビーチの端から端までジョグしてみた。 なかなか暑い。 そのうえ帰りは向かい風になってしまったので無理せず時々歩いた。

 ホテルでは二部屋使っていたのだが、そのうちの一つの部屋のエアコンから水漏れしているようだ。 つれがクレームを言いにフロントへ降りていった。 従業員が梯子をもってきて天井裏を調べていたが、やはりリークしているそうだ。

 ホテル・マネージャのエリックさんがやってきて、
「不便をかけて申し訳ない。 ルーム・チェンジしてくれ。 これから部屋を探して、後で電話する」 という話になった。
「コネクティング・ルーム、コネクティング・ルーム」と、つれがそばで念仏のようにブツブツ言っていたけれど通じなかったようだ。
 しばらくして電話がかかってきた。 19階に部屋を見つけたので、夕食の後でフロントにきてくれということだった。

 イタリアン・レストランで夕食を食べた。 気候が違うためかワインがとても美味しかった。 料理の赤ワイン・ソースが甘すぎるように私には感じられたが、アメリカ人にはこのくらいが普通なのだろうか?  良いサービスで味も良かったが、値段もそれなりに高かった。

 ロビーによって新しい部屋の鍵をもらい、荷物をまとめて部屋を移動した。
 新しい部屋はテレビが液晶の大画面になり、洗面所と風呂の床が大理石になり、シャワールームがつき、トイレもウォシュレット付で、アメニティーもちがい、眺めも少し良くなった。 一つ上のクラスの部屋になったようだ。
 この階の廊下を歩く人はワンピースや背広を着ている人が多い。 Tシャツに短パンでサンダルかスニーカーという我々のようなのはここでは少数派みたいだった。

3月28日(水)

 朝早く起きて駅までタクシーに乗った。 近くの「つゆき」はまだ営業していないので海老名から来てもらった。 横浜から成田エクスプレスに乗り、朝食を食べながら成田の第二ターミナルまで行った。
 JALの関連会社らしいJAL WAYSというところの飛行機だった。 機内設備はまあまあだったけれど食事はあまり美味しくなかった。 疲れがたまっているようで、トイレに行ったときに少しめまいがした。
 アメリカ西海岸やタイに比べればグァムは近い。 映画を見て、機内食を食べたらもう着陸態勢にはいった。

ホテル前のビーチ

 バスでホテルまでつれていってもらいチェック・イン。 キング・サイズのベッドが二つある広い部屋だ。 一つのベッドに枕が五つものっかっている。
 今日は特に何も予定がないので、ビーチをぶらぶらと散歩し、ショッピング・モールなどを見物した。
 ホテルの4階にあったチャイニーズ・レストランで夕食を食べた。 それほど値段が高くないわりに美味しかった。

3月27日(火)

 今日から休暇だ。 旅行の準備などしてのんびりと過ごした。
 予約していたホテルの空調が壊れたそうで、ランクが上の別のホテルに変更になり、宿泊日分の朝食クーポンがもらえることになった。 さいさきが良いと考えるべきなのか、それともトラブル続きの予兆なのか?
 夕食に出前で寿司をとった。

3月26日(月) 晴れ

 一週間ぶりにオフィスへ出社した。 門のそばにある桜が三分咲きくらいになっていた。 明日から休暇なので出張の精算と細々したことだけやって帰った。

3月25日(日) 雨、夕方からくもり

 昨夜は風が強く、台風が通過しているかのようだった。 ガラスサッシに雨が打ちつけられる音がうるさかった。
 午前中、オークシティで買い物した。 夕方、雨があがったので、約1ヶ月ぶりで7.5kmジョグした。 気持ちよかったけれど、まだなれないので最後は少し足にきていると感じた。 これからはまた定期的に走るようにしたい。

3月24日(土) 太刀岡 くもり、夕方から小雨

 ムラケロさんたちに混ぜてもらって太刀岡で登った。 天気予報はあまりよくなかったけれど夕方まで天気はもった。 今日は私たち三人だけで、岩場は貸切状態だった。
 「バーボンを片手に」RPm、「Go on the bolt」4x、という結果だった。 「Go on the bolt」の核心は私には難しい。 何か他によいムーブがあるのだろうか?  今日のところはやれるだけはやったので、そういう意味では満足だった。
 ムラトン、ケロちゃん、ありがとうございました。

3月23日(金) 晴れ

 今朝もホテルのレストランでバイキングの朝食を食べた。 ほぼ満席状態で、座るところを探さなければならなかった。 週末に向けて宿泊客が増えているのだろう。
 16時前には出張先をあとにした。 目の前でバスが行ってしまった。 次のバスまでは15分ある。 待っているのもイヤだったのでホテルに戻ってタクシーをひろい、地下鉄の駅まで行った。 新大阪で新幹線の切符を買った。 ほとんど待ち時間のない指定席がとれた。
 「春爛漫」という1000円の駅弁と温かいお茶をホームの売店で買って「のぞみ」に乗り込んだ。 新幹線が動き出してから窓の外の景色を眺めながら駅弁を食べた。 駅弁はイマイチだった。 普通の幕の内弁当にすればよかったと後悔した。 「のぞみ」は早くて、2時間20分もかからないで新横浜に着いた。

3月22日(木) 晴れのち曇り

 ホテルのレストランで朝食を食べた。 前回は洋食にしたので、今日は和食をメインに料理をとった。 味噌汁が美味しかった。
 おととい食べたときには一人っきりだったけれど、今日は10人以上のお客さんがいた。 私が食べている間にも、数組ほどやってきた。 週末にむけてだんだんと宿泊客の数も増えているのだろうか?
 出張のメンバーが一人増えて4人体制になった。 急ぎの仕事もないのに遅くまで残っているのはつまらないので、一人で早めに帰った。

3月21日(水) 不動岩 晴れ

ウリウリ 11d

 JR川西池田駅前でコーチと一緒にコバさんの車にひろってもらい不動岩で登った。 コバさんの実家はこの近くなのだそうだ。
 道場駅からすぐの駐車スペースに車をとめ、よく踏まれた山道を10分ほど登ると岩場があった。 傾斜のない凝灰岩の岩場で、昔からのゲレンデという雰囲気が濃厚だ。 車は一台しかとまっていなかったのでガラガラにすいているのかと思っていたが、みなさん駅から歩いてくるらしく、ヘルメットをかぶりハーネスにたくさん道具をぶら下げた中高年の方々でいっぱいだった。 関西の三つ峠みたいな所なのだろうか?
 壁の取り付きや途中のテラスにはヘルメットをかぶった人々がいてロープがすだれのように垂れ下がっていた。 ヘルメットをかぶっていないのは私たち3人と後から来た二人組みだけだった。 こういう場所では上から何が落ちてくるかわからないので私もヘルメットがほしかった。
 晴天に恵まれ、暖かくてぽかぽか陽気の一日だった。 3人パーティの一人はあまるので、あまった一人は陽だまりで昼寝できた。 眼下では、JR福知山線の電車が音を響かせて走りトンネルに吸い込まれていた。
 「(東稜のよくわからないルート)5.8-7くらい?」OS、「ベガ 10b」FL、「ウリウリ 11d」2x、という結果だった。 「ウリウリ」の2回目は手がぬめって全然ダメだった。 錆びたリング・ボルトや腐ったハーケンをプロテクションにする落ちてはいけないルートが多いようだった。 「ウリウリ」だけは主要なプロテクションがケミカルになっていた。
 成果はあがらなかったけれど、普段は行くことのできない遠い岩場で一日登れて楽しかった。 コバさん、コーチ、どうもありがとうございました。

 川西池田の近くで降ろしてもらった。 コーチは阪急で帰るそうなので、ここで別れた。 尼崎に住んでいるおじさんに電話してみたけれど話し中だった。 少しだけでも会って帰ろうと思っていたが、また次の機会にしよう。
 コスモスクエア駅からホテルまで歩いた。 駅を出ると、巨大な建物だけがやけに目立つ。 朝は多くの若者がたむろしていた ZEPP OSAKA の前にも今は誰もいない。 黒いチラシだけが同じように散乱している。 車が思い出したようにオレンジ色にてらされた道路を走っていく。 ホテルにつくまでの15分間にすれ違った人は3人だけだった。 コンビニの明かりが夜のオアシスのようだった。

3月20日(火) 晴れ時々くもり

ホテルの部屋からの朝の眺め

 ホテルの20階にあるレストランでバイキングの朝食を食べた。 私が行ったときには先客が一人だけいた。 料理を皿にのせているあいだにその人は帰ってしまい、私が食べ終わるまで一人もお客さんがこなかった。 大きな窓からは大阪南港の景色が見えた。
 出張先の仕事場はホテルの隣のビルの中にある。 今日も20時過ぎまで仕事した。

3月19日(月) 晴れ時々くもり

 パソコンなどの入った荷物が重いので、駅までタクシーで行った。 通勤で混雑している海老名駅で小田急に乗り換え、小田原でひかり号に乗って新大阪に昼前に着いた。
 地下鉄御堂筋線乗り場近くのうどん屋さんで山菜うどん定食を食べた。 大阪のうどんの味がしておいしかった。 おばちゃんの「おおきにー」という声がなつかしかった。
 20時すぎまで客先で仕事した。 夕食は客先の食堂でカレーを食べた。 ホテルの近くのファミリー・マートでビールとつまみなどをかってからチェック・インした。 風呂に入り、ビールを飲み、NHKの「ラスト・メッセージ」という番組を見て寝た。

3月18日(日) 晴れ

 オークシティで買い物した。
 明日からの大阪出張の準備をした。 クライミングができる必要最小限の道具も持った。

3月17日(土) 太刀岡 晴れ時々くもり

カリスマ 13a

 二俣川でcodaさんの車にひろってもらい、s本さんと三人で太刀岡へ向かった。
 尾根の急な道を汗をかきながら登って岩場に着くと既にムラケロさんたちがいた。 しばらくしてからもう一組やってきた。
 明け方に雪がパラついたようだ。 北面の下あたりの地面には、ところどころ、白い小さな丸い砂糖菓子のようなあられのつぶが残っていた。
 「バーボンを片手に」と「君の瞳に乾杯」でアップした。 太陽の光が当たっていない部分は岩が冷たくて指の感覚がすぐになくなってしまう。 時間の経過とともに正面の壁には日があたるようになり、気温は低いけれど良い状態になってきた。
 「Go on the bolt 11d」をトライし、3.5xという結果だった。 出だしのスラブっぽい部分と後半にも難しい部分がある面白いルートだった。 次には登りたい。 これが登れたら、今日みんながやっていた「スーパー・ラット 12c」や「カリスマ 13a」をさわってみよう。

3月15日(木) 曇り、夜は雨

 Jwallへ行った。 月曜のキャンパシングのためと思われる筋肉痛がまだ肩の上部に残っている。 前回と同じメニューをこなすと体を壊してしまいそうだ。 土曜に出かける予定もあるので、今日は筋肉に刺激をあたえる程度にして軽めに登ろうと思っていた。
 105度の壁に作られている初心者用のアルファベット課題を登り降りしてアップした。 体があたたまってからゆっくりとストレッチし、そのあとでキャンパシングした。
 幅広のバーで1-3-5x6、幅狭のバーで1-3-5x8 とやった。 ようやく幅狭のバーでのパワー・スローを2回とめることができた。 スタティックな登り降りのエクササイズは肩にくるのでおこなわなかった。
 105度で黄色バーの課題をトライした。 休憩を入れながら何度もやってようやく登れた。 少し打ち込みすぎたようで、背中の上部の筋肉が硬くなり、首を後ろに曲げるのがくるしい感じになってしまった。
 Jwallにくるといつもやっている腹筋運動をしたあと、背中と肩の上部を十分にストレッチして帰った。

3月14日(水) 晴れ

 家に帰ると、机の上に新しい携帯電話がおいてあった。 ついにA君もケータイを持つことにしたようだ。 ワンセグ対応の機種だそうで、テレビを見たり、ゲームをしたり、メール・アドレスを交換したりと楽しく遊んでいた。
 家族の中でケータイを持ってないのは私だけになった。 水道料金や電気料金やガス料金と同じように、インターネットや携帯電話の使用料も生きていくのに必要不可欠なコストになってきているようだ。 しかし、私はなるべくシンプルに暮らしていきたい。
 たしかに便利だし、緊急時には有効だし、いつも誰かとつながっていられる。 でも、
 「会えない時間が、愛そだてるのさ〜♪」

3月13日(火) 晴れ時々曇り

 となり駅のカット・ハウスへ髪を切りにいった。
 髪を洗ってくれる人とカットしてくれる人は、これまでいつも別の人だったのだが、今日は同じ若い女の子だった。 彼女はぴったりとしたブルー・ジーンズに白いブラウスという服装だった。 ブラウスの胸のあたりにシミがついて少し汚れていた。 たぶん仕事着なのだろう。
 髪を切る前と切った後、シャンプーするために彼女のうしろを歩いてシャンプー台へ向かった。 椅子に座って髪を切ってもらっているときには気がつかなかったのだけれど、先を歩いている彼女の背丈は私の胸くらいの高さしかなかった。

 仕事の後、クドウによって帰った。 閉店時間まぢかにもかかわらず、おじさんとおばさんたちで店内は混雑していた。 明日はホワイト・デーだ。

3月12日(月) 晴れ

 夜、Jwallへ行った。 今年の冬は暖かな日が多かったけれど、今日は久しぶりに寒い。 軽くボルダーでアップしてからストレッチし、そのあとキャンパシングした。
 幅広のバーで、登り降りx8、1-3-5x8、幅狭のバーで、1-3-5x8、登り降りx2 とやった。 体が重く感じられ、どのエクササイズもうまくできなかった。 十分休憩をとりながらおこなっていたら、全部のメニューが終わったときはもう閉店30分前くらいだった。
 90度の壁でクール・ダウンし、腹筋運動したら閉店時間になった。

3月11日(日) 雨、夕方には晴れ

 朝食にバウルを焼き、オークシティへ買い物に行った。 さがみ野付近の246で、二車線ある左側の車線に車が二台とまっていたせいで少し渋滞していた。 追突事故でもおこしたのだろうか?
 太ももの前面が筋肉痛だ。 昨日は足を酷使するクライミングだったためだろう。 登って足が痛くなるなんて久しぶりのことだ。

3月10日(土) 晴れ時々曇り

 U家さんと城山のポンポコで登った。 貸切だろうと思っていたけれど、すこし後から一組来て、昼過ぎにG藤さんもやってきた。
 「牡丹 5.8」OSm、「小桜 10a」OSm、「Fat Cat 10c」OSm、「おひさしぶり 11a」OSm、「粉骨砕身 11c」2回目でRP、「留守番猫 11c」2回目でRP、という結果だった。 あまり登られていなくて汚いルートが多かった。 でも、未知のルートをオンサイト・トライするのは、怖い部分もあるけれど楽しかった。 垂直以下のクライミングがほとんどだったので足が疲れた。

3月8日(木) 晴れ

 Jwallへ行った。 早く着いてしまったので、夜間料金になるまでストレッチなどして待つことにした。 受付の机の上に『Rock & Snow』が山積みになっていた。 「そうか、もう発売される時期なんだ」  一冊購入して、登るあいまに面白そうな記事を拾い読みした。
 やさしい課題で適当にアップした後でキャンパシングした。 幅広のバーで、登り降りx8、1-3-5x6、幅狭のバーで、1-3-5x8、登り降りx2 とやった。 体が重く感じられ、調子はあまりよくなかった。 幅の狭いほうでのパワー・スローは一度もとめられなかった。 スタティックに登り降りするだけで私にはよいトレーニングになる。
 休憩してから少しだけボルダーした。 105度の黄色テープ課題を一つ試し、ムーブだけはだいたい解決した。 次回は登りたい。 いつものように腹筋運動して帰った。

3月7日(水) 晴れ

 駅から5分ほど歩くとコンビニがあり、いつも、その裏からつづく遊歩道を通って会社へむかっている。 遊歩道の左にはうち捨てられてさびれたリンゴ畑があり、右には建築中の三井ハウスや新しい一戸建てがある。 しばらく歩いていくとウグイスの鳴き声が聞こえてきた。 気持ちよさそうに何度も鳴いていたが、姿は見えなかった。
 「ウグイスはうぐいす色じゃないんだよ」と、鳥にくわしい女の子がむかし話していたっけ。
 うす青色の空にまっすぐのびた携帯電話中継局の鉄塔の上に春の雲が浮かんでいた。

3月6日(火) 晴れ時々くもり

 夜、Jwallへ行った。 アップに簡単な課題を登り、ストレッチしてからキャンパシングした。
 幅広のバーで、登り降りx6、1-3-5x4、幅狭のバーで、1-3-5x10 とやった。 幅の狭いほうでのパワー・スローは一度もとめられなかった。 距離が伸びなくなってきたところでキャンパシングは終りにした。
 少し休んでから軽くボルダリングしたけれど、これといった成果はなかった。 90度のTの課題ができなかった。 クールダウンと軽いストレッチで終り。

3月5日(月) 曇り時々小雨、強風

 どんよりとした天気で朝から暑かった。
 ハクモクレンが咲き始めた。 日記を見返してみたら、去年の咲き始めは3月21だった。 二週間以上も早い。 もう花粉の飛散も終りに近いのだろうか?
 傘もやくにたたない強風の中を雨に濡れながら家に向かって歩いているうちにだんだんモチベーションがなくなってしまって今日はJwallへ行かなかった。 今月はリフレッシュの月でもあるし・・・、とラクな方に流されてしまった。 夜は本など読んでのんびりすごした。

3月4日(日) 晴れ

 初夏を思わせるような暖かい日だった。 午前中にオークシティへ買い物に行ったほかは家でのんびりしていた。
 昨日は一日中外にいたけれど、花粉症の症状はほとんどでなかった。 伊豆方面の杉花粉はそろそろ終りに近づいているみたいだ。

3月3日(土) 曇り時々晴れ

 小田原からはっしーさんの車に乗せてもらって城山へ行った。 今日の城山はガラガラだった。 私たちを含めて3パーティー、6人しかいなかった。 登るとき以外はマスクをしていたのだが、花粉はそれほど飛んでいないようだった。
 天気予報がいっていたよりも良い天候で、二間バンドで日向ぼっこしていたら暑いほどだった。 南壁のマルチ・ピッチのルートを登ってきた人たちが懸垂下降して降りていくのが見えた。
 「ストーン・フリー」RPm、「イスタンブール」RPm、「電子念仏 11c」2回目でRP、「JACKのSHIRINUGUI 11c」1x、「青い奴隷 10c」1x、という結果だった。 「JACKのSHIRINUGUI」はもろくて楽しめないのでもうやらないと思う。 「青い奴隷」はあまり登られていないみたいで汚いけれど、私の弱点克服によいのでいつかまた登ってみたい。
 はっしーさんの「ポコ○ン」はだんだんとムーブがつながってきているようだった。 後半部分は問題なしという雰囲気だった。 人が登るのを見ていたら少しだけ私もやってみたいような気持ちになったが、やはり今は気持ちと体をリフレッシュするのが先だ。 「ポコ○ン」は秋に登ろうと思う。

 温泉で汗を流して帰ろういうことになり城山温泉へ向かった。 4台分ある駐車スペースにはきっちり4台の車がおさまっており、銭湯の前にも1台とまっている。 しかたないので、少し離れた所にあるミニストップの大きな駐車場に車をとめて歩いた。
 銭湯のおばさんに300円払うとき、
 「石鹸やタオルはもってますか」ときかれた。
 ほどんど手ぶらだったので、そのままちゃぽんと湯船に入られたら困ると思われたのだろうか?  上着のジャージのポケットを押さえながら 「持ってますよ」と言うと、
 「体を洗ってから入ってくださいね」と言われた。
よほど汚くてマナーの悪そうなヤツに見えたのかなあ?  「いつもちゃんと洗ってからはいっていますよ」と心の中で言っておいた。
 温泉には5人くらいの先客がいた。 普段は2-3人程度のことが多いので混雑しているほうだ。 いすに座ってシャワーで体を洗っていると、花粉が全部流れ落ちていくようで気持ちよかった。 洗っている間に2人くらいあがっていった。
 湯船のお湯はあいかわらず熱かった。 私はぬるい方が好きなので自分たちだけならどんどんうめてしまうのだけれど、地元の人がいるみたいなのでがまんして入る。 しばらくつかっていると熱いのにもなれて、のんびりできた。
 銭湯の外に出て暗い夜道を歩きはじめたら急に空腹を感じた。 冷たいビールを飲んで、刺身など食べたいと思った。 ビールの代わりにコンビニで牛乳を買って飲み、はっしーさんの車に乗せてもらって帰りはじめた。

 途中で国道沿いの定食屋さんに入った。
 暖簾をくぐりガラス戸を開け中に入ると右側にテーブルと椅子が四組ほどあって、左側にはおでんの鍋がおいてあった。 左側の奥の方の座敷にはコタツがあり、おっちゃんが寝転んでいるのが見えた。 客は私たちだけのようだ。
 椅子を引くと、金属でできた4本の足が床にこすれ「ガガガー」と音をたてた。 田舎のおばちゃんがトラックのうんちゃん相手にやっているような感じのお店で、なんだか懐かしかった。 コタツに入っているのはおばちゃんのだんなさんなのだろうか?
 目玉焼き定食とおでんを一つ食べた。 定食を待っているあいだに「ごはんがたけました」という声がした。 電気炊飯ジャーが炊きあがりを知らせているのだった。 まさか私たちが来てから炊き始めたわけではないだろうが、定食のご飯はアツアツですぐには食べられないほどだった。 味噌汁がなんだかとても美味しかった。 小さめのどんぶりにはいったご飯が見た目以上に多くて満腹になった。
 トイレをかりてから外にでた。 まだ三月の初めだというのに風がなま暖かい。 黒い空に星がニ三個ちいさく光っているのが見えた。

3月2日(金) 晴れ時々曇り

 文庫本を一冊買った。

3月1日(木) 晴れ

 夜、Jwallへ行った。
 90度の壁の黒と青の課題と、135度と三次元の壁でやさしい課題を登ってアップし、キャンパシングした。 休憩時間を多くとりながらのんびりおこなった。
 幅広のバーで、登り降りx8、1-3-5x8、幅狭のバーで、1-3-5x8 とやってみた。 幅広のバーでのエクササイズはだいたいできた。 次回は、幅広のバーを使ったエクササイズをへらして、幅の狭いバーを使ったエクササイズの種類と回数を増やそうと思う。
 キャンパシングの後、少しだけボルダーした。
 135度の赤Tの課題は一撃だった。 以前からやっているもう一つの赤課題は今日も登れなかった。 しかし、もう少しで次のホールドが保持できそうな所までいくことができた。
 105度に残っている赤課題は一度だけやってみたけれど、今日はできそうにないのでやめた。
 115度にも赤課題が一つ残っている。 少しだけムーブの解析が進んだけれど、これもなかなか厳しくて、登れそうになかった。
 奥の壁の下のほうをトラバースしてウォーム・ダウンし、軽く腹筋運動し、ストレッチして帰った。

Copyright 1997-2007 Hirosawa Makoto