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ゆうき よしと

結城義人

ゆうき よしと

1919.4.15(大正8)〜 1990.12.3(平成2)

昭和期の大蔵官僚、弁護士

埋葬場所: 26区 1種 47側

 千葉県出身。1941(S16)高等試験行政科合格、同年東京帝国大学法学部政治学科卒業。翌年、大蔵省入省し主税局に勤める。
 '42.8大蔵属と兼務し、大東亜属・中華民国南京出張駐在を経て、'44.1前橋税務署長となる。同.12東京財務局、'45.8大津税務署長となって終戦。 戦後、'46.4大蔵事務官、'47.5大阪財務局、'48.12麻布税務署長、'49.6証券取引委員会事務局取引課課長補佐、同.8同総務課兼取引課課長補佐、'50.5同取引課兼総務課課長補佐、同.8関東信越国税局間税部長、'52.8国税庁直税部資産税課長心得、'55.8印刷局長官房職員課長、'56.7印刷局長官房総務課長、'58.8管財局特殊清算課長、'59.4管財局管理課長、'60.11関東財務局総務部長、'62.4海外経済協力基金総務部長、'64.12国税庁徴収部長、'66.8大臣官房財務調査官(主税局担当)を歴任し、'67.8大蔵省造幣局長に就任した。 '68.6辞職し、政府系金融機関に移り、同.7 中小企業信用保険公庫理事を務めた。退官後に60歳にして司法試験に合格し、弁護士となった。
 1972(S47)ブライダルデザイナーの桂由美とお見合い結婚。結城は36人目、桂由美は3人目にて運命の出会いとなった。出会いから3ヵ月後の浜離宮でのデートの時に、結城の「20年前に会いたかった」という一言がプロポーズの言葉となり、新郎53歳、新婦42歳。ともに初婚という、超晩婚カップルが誕生した。60歳を過ぎて糖尿病を患い、これが原因で逝去。享年71歳。

<大蔵省人名録>
<「プロポーズ」桂由美>
<森光俊様より情報提供>


桂 由美 かつら ゆみ
1932.4.24(昭和7)〜ご健在
昭和・平成期のブライダルデザイナー
 東京都出身。本名は結城由美。'53共立女子大学を卒業。 '55母のみつ子が創設したブライダル、ウエディングの専門学校、東京文化服飾学校(現:東京文化デザイン専門学校)の副校長に就任。 パリのエコール・ド・オートクチュールで学んだ後、'64東京・赤坂に日本初のブライダル専門店「桂由美ブライダルサロン」をオープン。 '69全日本ブライダル協会設立。'82東京・乃木坂に「桂由美ブライダルハウス」を設立し、社長。日本初のブライダルコンテストを開催。 男性のウエディングドレスコンテストを開き注目された。'87フランス・パリで初のコレクションを開催。 '94(H6)デザイナー30周年記念「桂由美グランドコレクション」を開催。'99東洋人として初めてイタリアファッション協会の正会員。 2005パリ・カンボン通りのシャネル本店前にパリ店オープン。
 パートコナー&ナディアコマネチ夫妻、五木ひろし&和由布子夫妻、中山雅史&生田智子夫妻、坂田亘&小池栄子夫妻らのウエディングドレスをプロデュースした。

<「プロポーズ」桂由美 など>


墓所


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