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やまもと まさひで

山本正英

やまもと まさひで

1882.5.17(明治15)〜 1952.2.3(昭和27)

明治・大正・昭和期の農業教育者

埋葬場所: 7区 1種 5側

 静岡県富士郡出身。山本丑蔵・うめの子。京都三高を経て、1908(M41)東京農科大学を卒業。大阪府立農学校に迎えられ、後に教頭となり、'17(T6)東京府立園芸学校長に転任。
 漸次郷里の家産を移し、主として土地建物に投資す。本職の傍ら、全国農業学校長協会の創設に尽力し、理事長となる。多年にわたり、全国農業教育の振興につとめた。'39.3(S14)退職。正4位 勲4等。享年69歳。

<墓誌より>


墓所


山本丑蔵 やまもと ちゅうぞう
1854(安政1.4.10)〜 1938.11.18(昭和13)
明治期の区町村会議員
 駿東郡浮島村石川出身。栗田新蔵の三男として生まれる。旧姓は栗田。1875(M8)東京鎮台に入営。1877.2西南戦争に出征。同.10凱旋。
 1880うめと結婚し山本家の婿養子となる。区町村会議員、その他、公職に重任し、用水の疏通、橋梁、神社の修築等の公益事業を行い、また開墾植林、その他の地方産業を開発した。区民を統制し勤倹貯蓄に勤行せしめ、部落の経済振興に貢献した。1917(T6)長男の多三郎が分家したため、正英と共に東京に移った。

<墓誌より>


*丑の字は旧字(刃+一)が正しい。


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