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やまぐち けんさぶろう

山口謙三郎

やまぐち けんさぶろう

1874.11.2(明治7)〜 1933.4.4(昭和8)

明治・大正期の海軍軍医(大佐)

埋葬場所: 12区 1種 2側

 佐賀県出身。鍋島藩士族。1900.12(M33)海軍少軍医候補生。日露戦争では海軍少軍医として出征。
 '05.11.22大軍医、軍医少監、利根軍医長などを歴任し、'14.7.10(T3)敷島軍医長に就任した。その後、軍医中佐となり、生駒軍医長を務め、'20.12.1山城軍医長に着任した。'21.12.1軍医大佐に昇格。正5位 勲3等。病のため逝去。享年58歳。

<日本海軍士官総覧>
<墓誌碑より>


*墓石は和型「山口謙三郎 / 妻 常子 墓」、裏面「昭和九年三月 山口常子 建之」。左面は夫婦の戒名が刻む。謙三郎の戒名は巌渓院浄譽謙信居士。常子の戒名は巌泉院栄譽常貞大姉。右面は山口謙三郎の簡略暦が刻み、「雲山どう人 書丹」(どう=「行の間に首」)とある。墓所左側に墓誌も建つ。墓誌には妻の常子は「ツネ」と刻む。


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