東京都出身。父は陸軍歩兵少佐の寺田猛・きぬ(共に同墓)の二男。兄は忠一(同墓)。 立正大学経済学部教授。のちに立正大短期大学部学長を務めた。供給の経済学の登場より、貯蓄に関する理論的および実証的研究を行う。特に我国製造業のCES生産凾数計測などの研究を行った。主な著書に、『相対物価変動の分析』、『所得政策と経済成長』、『技術進歩と生産凾数』、『宅地価格騰貴のメカニズムの解明』がある。共著に竹内靖雄との『労働力需給と設備投資』がある。多臓器不全のため東京都武蔵村山市の病院で逝去。享年84歳。葬儀・告別式は東京都立川市のセレモアつくば立川会館白峯殿で執り行われた。喪主は妻の輝子。
<訃報記事など>
*墓石は和型「寺田家之墓」。左側に墓誌があり、戒名は碩徳院寺田保正居士。墓誌の最初は陸軍歩兵少佐 寺田猛の略歴が刻む。 *父の寺田猛は広島県出身。1937(S12)支那事変に際して、大尉として歩兵第101連隊第3機関銃中隊長として従軍、同.10.8上海付近にて奮戦中に重傷を負い後送され東京日本赤十字病院にて、1938.10.23 死去した。従6位 勲4等 功4級。没後1階級特進し少佐となる。