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たなか しげみ

田中茂美

たなか しげみ

1903.3.7(明治36)〜 1997.7.3(平成9)

昭和期の土木工学者、鉄道官僚

埋葬場所: 8区 1種 13側

 福岡県遠賀郡出身。白石兵次郎の3男として生まれる。田中正夫(同墓)の養子となる。後に同じく養子となっていた廣子(同墓)と結婚。
 1926(T15)九州大学土木科卒業。卒業後、鉄道省に入省。長野保線事務所長、札鉄局工事課長、新橋保線部長、'43(S18)門鉄施設部長、'45 運輸省鉄道総局施設局計画課長、'48 施設局長を歴任し、'49 国鉄理事施設局長を経て、理事・初代技師長に就任した。'52 退職。
 実業界に転身。同年、極東鋼弦コンクリート振興社長、'55 興和化成社長、'58 興和コンクリート社長を務めた。'59 土木学会会長(第47代)、'66 プレストレストコンクリート工業協会会長を務めた。享年94歳。

<大衆人事録東京篇>
<人事興信録>


*墓石は洋型「田中家墓」、裏面が墓誌となっており、また墓所左側に墓誌が建つ。江戸時代の寛政7年に亡くなった田中小平次から刻みが始まり、田中庄左エ門、田中通、田中直人と続き、直人の前妻までは、和歌山市内の本光寺に埋葬されたが、直人の後妻の せい(S7.7.9歿・83才)を機に、'33.10(S8)多磨霊園に改葬。

*正夫の妻は春子(M16.3.20-S44.6.16)。和歌山県出身。松山亮の長女。二人の間には子に恵まれなかったため、茂美と廣子(M42.11-H1.12.1)は田中正夫の養子となり、のちに二人は結婚。二人の間には3男が誕生した。長男は正美(S4.9生)、二男は春夫(S6生)、三男は茂夫(S9生)。墓所内墓誌には三男の田中茂夫(2003.10.27・69才)が刻み、「二〇一三十二月十四日改葬」と刻む。また隣りの墓所「田中家之墓」は田中直人の二男で分家した田中忠二郎の墓所である。左面「昭和十五年十月 田中忠雄 建之」、裏面は墓誌となっている。


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