熊本県八代町出身。父は山口県立岩国高等学校第2代校長(1906)など全国各地で校長を務めた教育者の杉田平四郎・早(共に同墓)の2男として父の赴任先で生まれる。長男の元雄が元宣誕生前に亡くなっているため、元宣が嫡男となる。
高知県立第一中学校、甲南高等学校を経て、1929(S4)東京帝国大学理学部物理学科卒業。同年、逓信省電気試験所研究員となる。
'34.9〜'41.8海軍機関学校教官を務め、小林理学研究所員となった。'44東京商科大学工業経営専門部講師となり、翌年、東京産業大学工業経営専門部教授に就任。また、津田塾専門学校講師も務める(〜'51)。
'49.6一橋大学の経済学部教授に就任し、同.9「過渡的現象の熱力学」にて京都大学から理学博士。'51学制改革による廃止まで一橋大学東京商科大学商学専門部教授を兼務した。
'53一橋大学社会学部教授にもなり、経済学部と兼務。同年より明治大学講師として工学研究科の物性論を担当した。'56〜'62旧制廃止まで一橋大学東京商科大学教授を兼務。
'59より甲南大学講師として経営理学科の現代技術論を担当し集中講義を毎年務めた。また、大分大学の経済学部経済工学総論の集中講義を講師も担当した。
'61.7米国・カナダへ3ヶ月間出張し、ニューヨークでの第4回医用電子国際会議、ノースカロライナでの数理生物学国際会議に出席した。
'65.8ソ連・オーストリア・イタリア・フランス・英国・西ドイツ・デンマークに3ヶ月間出張し、ナポリでの分子生物学国際会議、西ドイツ・ヘルゴランドでの第2回計量生物学国際シンポジウムに出席した。
'67ソ連・スウェーデン・西ドイツ・オランダ・ベルギー・フランス・スイス・オーストリアに出張し、ストックホルムでの第7回医用電子と生体工学国際会議、西ドイツ・ヘルゴランドでの第3回計量生物学国際シンポジウムに出席した。
'69.3一橋大学を停年退官し、名誉教授。主な著書に『情報科学とは何か』『工学的発想のすすめ』『社会とサイバネティックス』『社会とシステム論』など多数。享年84歳。