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そえじま ともかず

副島知一

そえじま ともかず

1874.9.29(明治7)〜 1959.6.11(昭和34)

明治・大正・昭和期の教育者、
宮司(石清水八幡宮)

埋葬場所: 19区 1種 22側

 副島吾一の子として佐賀県に生れる。1900(M33)国学院卒。 翌年日本中学校教員、'06皇典講究所講師、1913(T2)広島県神職管理所講師、翌年愛知県・熱田神宮権宮司、'15皇典講究所幹事、'17神奈川県・鶴岡八幡宮宮司、'21新潟県・弥彦神社宮司、'24大阪・住吉神社宮司、'33(S8)皇典講究所専務理事、'36奈良県・橿原神宮宮司、'37石清水八幡宮宮司となり、京都府神社庁初代庁長をつとめた。'56退任。

<神道人名辞典>
<MATHU様より情報提供>


墓所

*墓所はドーム型、右に「副島家奥都城」の石柱、左に墓誌が建つ。

*同墓には、副島廣之(1913-2007)は明治神宮常任顧問、日本を守る国民会議事務総長などを務めた人物も眠る。副島廣之は『御製に仰ぐ昭和天皇』『私の歩んだ昭和史』『神苑随想』『日本よ日本 : 代々木のこだま』『御聖徳余話』などを著している。


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