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にしむら なおみ

西村直巳

にしむら なおみ

1905.10.8(明治38)〜 1980.7.28(昭和55)

昭和期の内務省官僚、県知事、政治家

埋葬場所: 5区 1種 7側

 東京出身。一高を経て、1929(S4)東京帝国大学法学部政治学科卒業。同年、高文行政科合格し内務省に入省。静岡県警察部長、鈴木内閣総理秘書官、警視庁保安部長、同警務部長、内務省調査局長などを歴任。
 '46.10.23〜'47.4.20官選最後の第42代高知県知事に任命された。10月18日に前高知県知事の吉富滋が県会開会中に脳出血で急逝したため、即日内務部長桝本輝義が知事代理を命ぜられ、10月23日になって後任知事に西村が決定、11月23日新知事によって臨時県会が招集された。 12月21日南海大地震が発生、救援と復興の陣頭指揮をとった。戦災と震災の二重苦を背負い至難の県政担当となったが、ベテラン行政官として健闘した。 時の県政を主導した自由党がその手腕に期待、初代公選知事選挙候補として勝手に立候補届を出したが、「官選知事の横すべりは初の民主選挙を冒とくする」と固辞、ワンポイントリリーフ役に徹した。
 '49.1官界を退き、衆議院議員選挙に静岡県1区から出馬し当選(以後、10回当選)。衆議院予算委員長、'60第2次池田内閣の防衛庁長官、'68第2次佐藤内閣の農林大臣をつとめた。 この間、自民党憲法調査会長、政調会長も歴任。'71再び防衛庁長官に就任したが、「中国・国連侮辱発言」で野党と世論から非難されて同年12月更迭された。 '76政界を引退。勲1等旭日大綬章。腎不全で逝去。享年74歳。

<コンサイス日本人名事典>
<日本歴代知事総覧>
<高知県人名事典>


墓所

*正面に西村家之墓があり、左に西村直巳と妻の名が刻む墓が建つ。


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