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むなかた けい

宗像 桂

むなかた けい

1919.8.25(大正8)〜 1988.12.3(昭和63)

昭和期の農薬化学者

埋葬場所: 20区 1種 22側

 愛媛県出身。松山高等学校を経て、1942(S17)東京帝国大学農学部農芸化学科卒業。4年間の兵役に従事。 '46東京帝国大学農学部に復員し農産製造学研究に没頭。同農学部副手、助手を経て、'53名古屋大学農学部農産製造学助教授に栄転され、'52名古屋大学に農薬化学講座が創設されるや教授に就任した。 '67農学部付属農場長。'75名古屋大学評議員および大学院委員会委員。'83停年により退職するまで30年の永きにわたり教育、研究への専念、大学運営の枢機へ参画した。
 この間、'74フィンランドで開催された国際純正応用化学会議において、「植物に含まれる昆虫摂食阻害物質に関する研究」と題する総会講演や、'75イタリアで開催されたロックフェラー財団主宰の昆虫行動制御会議で招待講演を行うなど、世界的に農薬化学・昆虫学・植物生長調節物質学・雑草学の諸分野に関する研究集会に出席し活躍した。 '76.3〜'80.12日本学術会議会員。他にも、同会議植物保護農薬研究連絡委員会委員、学術審議会専門委員を歴任。 '77.4.1〜'79.3.31日本農薬学会第二代会長、'82日本で初めて開催された第5回国際農薬化学会議を日本へ招致するについて尽力。
 主要な研究は農薬的生理活性天然有機化合物に関する研究であり、農学分野における生物間相互作用に種々の生理活性物質が関与していることを化学的に証明し、近年、重要視されてきた化学生態学の領域における先駆的業績となった。 これらの業績により、'73日本農芸化学会から鈴木賞が授与された。'83(S58)名古屋大学停年退職、名誉教授となる。 退職後は、パーキンソン氏病を患い、自宅療養に専念するも、肺炎を併発し逝去。享年69歳。没日に正4位勲3等旭日中綬章を賜わった。

<宗像桂先生を慎む 名古屋大学 丸茂晋吾>


むなかた けい

*正面に「宗像英太郎之墓」。右側に「宗像家之墓」、左側に墓誌。 宗像英太郎(S27 52没)は墓には聖霊名アンテレと十字架が刻むが、墓誌には宗正院直道交英居士と戒名が刻む。 宗像桂は墓誌にインマヌエルという聖霊名と勲三等旭日中綬章と刻む。昔は宗像英太郎の像が建っていた。 祖父は宗像恒太郎(T15 54没)、曽祖父は宗像交連(M26 41没)であり、宗像交連以降が墓誌に刻む。


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