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みずなし いわたろう

水梨岩太郎

みずなし いわたろう

1880.3(明治13)〜 1939.9.19(昭和14)

明治・大正・昭和期の実業家

埋葬場所: 16区 1種 11側

 北海道出身。水梨市太郞の長男。1896(M29)家督を相続す。

 ≪詳しい略歴は調査中≫

 栗澤木材乾溜会社の取締役、室蘭薪炭会社取締役などを務める。その後、日華協信公司、室蘭産業商會、登別製洗所各(株)取締役、栗林商會、栗林商船各(株)監査役などを歴任した。

<人事興信録>


*墓石前面は「水梨家之墓」、裏面「昭和十五年三月 岩梨正太郞 建之」。左面が墓誌となっている。水梨岩太郎から刻みが始まり、戒名は崇巌院德譽興仁修道居士。妻は美津(M12.7-S26.1.19)。長男は正太郎(M42.2-S30.1.19)。正太郎の妻はサエ(S63..8.17歿)。

*水梨岩太郎の妻の美津(みつ)は新潟県の豪農の栗林得太郎の4女。美津の兄は栗林五朔で栗林商会創業者、衆議院議員。栗林五朔の子で甥に栗林徳一と栗林友二がいて、二人とも栗林商船会長を務めている。栗林徳一は貴族院議員にもなっている。また栗林友二は「ミスター・ケイバ」と呼ばれ馬主としても知られた。栗林友二が馬主になったきっかけは、水梨岩太郎が亡くなったときに所有していた馬を譲り受けたことが活動の端緒である。なお友二の息子の栗林英雄も馬主。

*水梨岩太郎と美津の間に1男4女を儲ける。長男は岩梨正太郞、長女の美穂(M33.10生)は経済学者の大西猪之介に嫁いだ。三女は眞和(M38.1生)、四女は更(T13.1生)。


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