歴史が眠る多磨霊園 |
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嶺 春泰 | |
みね しゅんたい | |
1746(延享3)〜 1793(寛政5) | |
江戸後期の医学者(高崎藩藩医) | |
埋葬場所: 4区 1種 32側 | |
高崎藩藩医の嶺春安の子(姓の嶺氏を「やまね」とする説もある)。幼名を粂五郎のち観、字を子光といい、のち父の跡を継ぎ号として春泰と名乗った。 1757(宝暦7)父春安の後を継ぎ上野国高崎藩主の侍医となる。62江戸勤番を命ぜられた。 前野良沢につき、蘭学を志し、杉田玄白、前野良沢、中川淳庵らと西洋医学書の翻訳に従事し1774(安永3)「解体新書」の翻訳にも関与した。 自らもオランダ医書の翻訳を試みボイセンの『五液精要』を編纂したが、出版には至らなかった。 江戸における蘭書翻訳の功労者。江戸本郷の三念寺に葬られる。法名以徳本性居士。のち、多磨霊園に改葬。 <コンサイス日本人名事典> *墓所には古い墓石が数基建ち、嶺保光に高崎藩と刻む。他に甲也もいる。 | |
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