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くろさわ きんこ

黒沢琴古

くろさわ きんこ

江戸時代中期から始まる〔初代〜4代〕

尺八宗家琴古流の家元

埋葬場所: 4区 1種 23側 1番

初代:
1710(宝永)〜1771(明和8)
 筑前生。名は幸八。福岡藩を致仕して、少年の頃より学んだ尺八の修行に全国を遊歴。その間、古典の蒐集と編曲、新作の作曲を行ない、琴古流本曲36曲を定めた。 江戸では普化宗の一月寺・鈴法寺の指南となり、普化宗尺八を確立した。


墓地 墓誌

※墓は東京四谷の祥山寺と記す著もあったが、多磨霊園の黒沢琴古代々の墓誌にも刻む。改葬か文骨かはわからない。


2代:
1747(延亨4)〜1811(文化8)
 初代の子。江戸生。名は雅十郎、のち幸右衛門。
父の後を継いで、一月・鈴法両寺の指南をした。門下から池田一枝が出た。


3代:
1772(安永1)〜1816(文化13)
 2代目の子。江戸生。名は雅二郎、のち幸八、号を琴甫。
父の没後幸八の名を継ぐ。日本橋本町に尺八吹合所(稽古場)を設け、久松風陽ら逸材を輩出した。


4代:
?〜1860(万延1)
 3代目の子。名は音次郎、のち幸八。
楽才・人格とも劣り、門弟は離散して、琴古流を絶えさせた。


*人名事典には4代目で絶えたと書かれているが、墓誌には7代目まで刻む。
5代:1844(天保15)〜1910(明治43)音次郎。
6代:1881(明治14)〜1909(明治42)長次郎。
7代:1890(明治23)〜1976(昭和51)栄次郎。

<コンサイス日本人名事典>


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