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くりた かくや

栗田確也

くりた かくや

1894.8.23(明治27)〜 1977.8.19(昭和52)

大正・昭和期の出版人、馬術普及者

埋葬場所: 13区 1種 1側

 岐阜県北方町出身。1910(M43)上京、取次業京華堂に入社、'18(T7)6月独立して栗田書店を創業する。 堺利彦の売文社、大原社会問題研究所、農業問題研究所の出版物を刊行する同文社などと提携し左翼系出版物を進んで扱う特色ある取次店に成長。 '41(S16)全国の出版物取次業者が統合されてできた日本出版配給の常務となり、同年第一出版を創設、同社社長。戦後'46栗田書店を復興、社長に就任する。 '52には市販されるすべての書物を集め、小売業者が現物を見て選択仕入れできる展示場「栗田ブック・センター」を創立し、同年には書店経営研究会を開くなどして、出版界の向上、発展のために新事業を試みた。 ブック・フェアなども栗田の「出版まつり」がその先駆をなしている。 この間、アジア文化交流出版会(現在の出版文化国際交流会)図書券の創案、創業五十周年(S43)には『出版人の遺文』全八冊、『私の人生』などを編著するなどして、常に出版業界へ新風を送りこんだ。 自社の他に取次協会常務理事、図書普及会社取締役、出版クラブ評議員などを兼任。また馬術連盟会長などを務めた。享年82歳。没後翌年に『栗田確也の追憶』が刊行されている。

<平凡社『日本人名大事典 現代』>
<MATSU様より情報提供>


レリーフ

*五輪塔の真ん中に「心」と刻む。右側に「栗田確也と愛馬衣川」の碑が建つ。この碑の前面は衣川に乗る栗田のレリーフ、裏面は「栗田確也の馬に関する年譜」が刻む。五輪塔の後ろの壁に墓誌がある。行年は83歳と刻む。また墓誌によると清家墓所は岐阜県揖斐郡揖斐川町北方松尾墓地にあり、父の市太郎らを分骨した旨が刻む。


【栗田確也の馬に関する年譜】
大正七年乗馬を始める
昭和十四年神宮大会乙種純馬術決勝に出場し第二位に入賞する
昭和十七年遊佐会理事に就任する
昭和二十五年第五回国体秋季大会に出場甲種馬場馬術で第二位に入賞する
同年社団法人日本馬術連盟理事に就任する
昭和二十七年社団法人日本馬術連盟監事に就任する
昭和三十七年財団法人遊佐会の発足とともに副会長に就任する
昭和三十九年オリンピック東京大会において馬術競技賞典委員長を務める
昭和四十一年日本馬術連盟編「オリンピック東京大会馬術競技アルバム」を刊行する(第一出版株式会社)
同年遊佐幸平著「遊佐馬術」を刊行する(第一出版株式会社)
昭和四十二年永年に亘り日本の馬術発展に尽した功績により勲五等双光旭日章を受ける
昭和四十三年日本馬術連盟より馬事功労賞を受ける
 
昭和五十三年発月十九日一周忌に当り小松崎新吉郎氏に依頼し、鈴江武史氏の製作により建立する 栗田元


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