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こいけ しげみ

小池茂實

こいけ しげみ

1882.5.3(明治15)〜 1943.5.20(昭和18)

大正・昭和期の教育者

埋葬場所: 22区 1種 50側

 長野県上郷村出身。小池平六郎の二男として生まれる。上京し、苦学して大倉高商を卒業。卒業後は実業界に入る。逆境を重ね七転八起の末、育英に志す。
 1915(T4)私塾の商工学舎を創立。'25早稲田商業学校と改称。'29(S4)「誠実・努力」の校訓のもとに京王商業学校を杉並区和泉の地に新たに創設した(後の昭和30年より専修大学の附属高校となり、現在の校名は専修大学附属高校)。
 校訓にもした誠実と努力の体験を捧げて学校経営にあたり、陣頭に立って青年を導く。老若一度謦咳に接して(老若の声に耳を傾け)、その誠意に感ぜざる者はなかった。
 2月に妻を亡くしてから元気がなくなり、惜哉半途にして病にて逝去。享年61歳。

<墓誌碑より>


墓所 墓石の裏

*墓石は和型「小池茂實之墓」。右側に墓誌が建つ。戒名は寶厳院達堂實誠居士。妻は まさ。墓石の裏面は「小池茂實」というタイトルで略歴が刻む。略歴の作刻は東京芸術大学講師の明石亀太郎と刻む。 明石亀太郎は昭和の名工といわれた彫刻家で多くの石刻を残している。昭和三十七年五月二十日に小池慶三、浅賀國増、小池澄にて建之。


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