| 歴史が眠る多磨霊園 |
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川面凡児 |
かわづら ぼんじ | |
| 1862(文久2)〜 1929(昭和4) | |
明治・大正期の神道家 | |
| 埋葬場所: 6区 1種 13側 14番 | |
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豊後(ぶんご)生まれ。名は恒次。故郷で山岳修行を積み、漢学を修め、1885(M18)上京。 古典を研究。96(M29)「自由党党報」を主宰、「長野新聞」「紀州熊野新報」の主筆も務めた。 1906(M39)稜威会(みいず)を創立、大日本世界教を宣布する。その禊(みそぎ)行事は全国的隆盛を見た。 <新潮日本人名辞典>
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