| 歴史が眠る多磨霊園 |
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平賀義美 |
ひらが よしみ | |
| 1857(安政4)〜 1943(昭和18) | |
明治・大正・昭和期の化学者、工学者、実業家 | |
| 埋葬場所: 20区 1種 16側 15番 | |
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福岡県出身。初名は石松决(いしまつ さだむ)。
平賀義質(同墓)の斡旋により、1867(慶応3)11歳にして長崎に出て英学を修め、1870(M3)14歳で福岡藩の貢進生となって大学南校に入学した。
ここで外国教師の化学実験に感動して、化学を志すようになった。
1878(M11)東京帝国大学理学部卒業。当時、旧福岡藩主の黒田長溥(ながひろ)は廃藩置県後も、旧福岡藩士出身で東京帝国大学卒業者を対象に、個人的な資金援助を行って欧米留学生として派遣していた。
義美が大学で研究していた「科学染料による染色法」の経験が見込まれ、黒田の給費でイギリスに留学させてもらい、オーエンス大学に入学、染色術を専攻した。また実際的工業を修めた。
1881帰国し、東京職工学校(東京工業大学)東京大学教授、農商務省技師となる。
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