高知県出身。畑山亀喜代の四男として生れる。四男坊よ美しくあれと両親の根がいからの命名という。 1915(T4)東京帝国大学独法科を卒業後、文官高等試験に合格。 宮城県属、同県亘理郡長を経て佐賀、岩手、長野県各理事官、岐阜県書記官、警察部長、内務部長、大分県内務部長、北海道庁部長を歴任。 '33(S8)福島県知事、翌年には福岡県知事に任ぜられた。'37退官し、東京市教育局長となる。 そして、'39.1月に第15代福岡市長に就任、以後二期8年間在職し産業・教育面など市勢の発展に尽くし、戦後の混乱期を乗り越えた。 終戦後は被害復旧に全力を傾注した。'46(S26)退任。公職を退いたあと、弁護士を開業した。
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