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はた べんぞう

秦 勉造

はた べんぞう

1877(明治10)〜 1943.7.15(昭和18)

明治・大正・昭和期の医学者(外科)、医学博士

埋葬場所: 8区 1種 5側

 東京出身。父は医家の秦勤有(同墓)。1902(M35)東京帝国大学医科大学卒業、外科学を近藤次繁教授に学ぶ。'04札幌病院外科医長となり渡道。内科の石原弘医長との名コンビで同院の前期黄金時代を築き交互に院長となった。 石原は、8、10代院長、秦は9、11代院長。'10私費で欧米に留学し'14(T5)帰国。'21北海道帝国大学医学部創設とともに同大学医学部教授、第一外科主任から、初代医学部長となり、北海道外科学の進歩に貢献した。 '25依願退職し、札幌市に外科専門の保全病院を経営。'31(S6)東京同愛記念病院の開設に参画し、外科部長をその死去まで勤めた。享年67歳。

<北海道大百科事典>
<MATHU様より情報提供>


墓所

*墓石は和型で「秦家之墓」。裏面は「昭和七年三月 秦勉造 建之」と刻む。右側に墓誌があり、戒名は洪勲院仁山勉道居士。行年は六十七才と刻む。


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