メイン » » » 植村慶一
うえむら けいいち

植村慶一

うえむら けいいち

1935(昭和10)〜 2017.12.29(平成29)

昭和・平成期の神経科学者

埋葬場所: 15区 1種 15側

 植村小三郎の長男。1959(S34)慶應義塾大学医学部卒業。大学院に進み、塚田裕三教授の神経化学的研究手法の薫陶を受ける。
 その後フランスのストラスブール大神経化学中央研究所の Mandel 博士の研究室に留学し研鑽を積む。末梢神経系のミエリンを構成する P0 および P2 蛋白質、さらに L1、PMP22 などの細胞接着蛋白質の構造と機能および病態解析で国際的に注目される成果を上げた。また、30歳代で、埼玉医科大学生理学教室の初代教授として着任。以降 16年間、同大学の創成期において大きく貢献した。
 '75 北里賞受賞。'88 塚田教授の後任として、慶應義塾大学医学部生理学教室教授に就任。以降、11年間つとめる。'99(H11)停年退官し名誉教授。その後、埼玉医科大学教授。
 日本神経化学会の理事、理事長として発展に尽くし、'94 国際神経化学会(ISN)のカウンシルメンバーをつとめ、日本での学会の開催を行なったという素晴らしい足跡を残した。
 主な著書に『脳と神経 分子神経生物科学入門』(1999)、『オックスフォード・生理学』(2001)、『医師がすすめるミネラル健康読本Q&A』(2005)などがある。
 門下には、白尾智明(群馬大学医学部教授)、岡本仁(理化学研究所脳科学総合研究センター副センター長)、三浦正幸(東京大学薬学部教授)、戸田正博(慶應義塾塾長大学医学部脳神経外科学教室准教授)などがおり、多くの人材を輩出した。
 神経化学の大家と称された。医学博士。急性呼吸不全のためご自宅で急逝。享年82歳。

<「植村慶一先生を偲ぶ」岡野栄之>
<著者略歴>


*墓石は和型「植村家之墓」、前面に「永平慧昭 書」と刻む。裏面「昭和十三年十二月 植村小三郎 建之」。右側に墓誌が建つ。祖父の植村亀代志から刻みが始まる。左側に延徳院と最後に刻む句碑が建つ。


関連リンク:



| メイン | 著名人リスト・あ | 区別リスト |
このページに掲載されている文章および画像、その他全ての無許可転載を禁止します。