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おまた まさかず

小俣政一

おまた まさかず

?〜 1933.9.2(昭和8)

大正・昭和期の政治家

埋葬場所: 8区 1種 13側

 ≪詳細な略歴は調査中。ご存知の方はご一報ください≫

 東京出身。父は小俣佐内・母は喜久。長く東京市会議員を務める。
 1928.2.20第16回衆議院議員選挙に東京4区から立憲民政党で出馬し当選。'30.2.20第17回衆議院議員選挙にも連続当選した。 同.4 京成電気軌道の浅草乗り入れにおける東武鉄道との競願を巡って起きた汚職事件(京成電車疑獄事件)で収賄に問われた。 '32.2.20第18回衆議院議員選挙にも東京4区から立憲民政党で出馬したが、426票届かず落選。翌年逝去。

<当時の記事や選挙記録など>


【京成電車疑獄事件(けいせいでんしゃぎごくじけん)】
 京成電気軌道(京成電鉄)の浅草乗り入れにおける東武鉄道との競願を巡って、1930(S5)4月に起きた汚職事件。
 1923(T12)から京成は6度にわたって出願を行っており、この6度目の出願の際に、1928.9.26政界に賄賂を贈っていたことが発覚。16万円(現在の貨幣価値で3000万円余り)が京成の出願を有利にする為の工作費として政界に渡った。 東京市議会議員の半数が連座。衆議院では三木武吉・中島守利が贈賄幇助、小俣政一が収賄に問われた。京成の総務部長を務めていた読売新聞社社長の正力松太郎や東京毎日新聞の千葉博巳も贈賄幇助罪に問われた。 政財界の大物が逮捕される大規模な疑獄事件となり大騒ぎとなり、京成は浅草への路線建設は実現できなかった。しかし、その後、1960年に開業した都営浅草線への直通という形で浅草乗り入れを実現することになる。


*墓石は和型「小俣政一墓」。若槻礼次郎の書。戒名は智弘院眞乗政道清居士。


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