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おぐま ひでお

小熊秀雄

おぐま ひでお

1901(明治34)〜 1940(昭和15)

昭和期の詩人

埋葬場所: 24区 1種 68側 1番

 早く母を失い父と樺太に渡る。その後、父も失い伐木人夫などの労役をして成長。 1922(T11)「旭川新聞」社会部記者になり、また短歌を作る。 27(S2)詩誌「円筒帽」同人となり小熊醜吉の名で詩作、翌年上京。 31〈プロレタリア詩人会〉をへて、全日本無産者芸術連盟〈ナップ〉に加わる。 プロレタリア文学運動退潮後、詩人としての才能を発揮。 口語・日常語を巧みに生かし諷刺のきいた長詩を多く残した。 35長篇叙事詩「飛ぶ橇」を出版。日中戦争に対しても抵抗の詩をうたいつづけた。

<コンサイス日本人名事典>


小熊つね子(おぐま つねこ)
1903.10.3(明治36)〜 1982.1.31(昭和57)
小熊秀雄の妻
 山口県岩国出身。本名「ツ子こ」。旧姓は崎本つね子。1911(M44)崎本一家は旭川に移住した。 1925(T14)つね子が旭川市神居小学校教師の時代に旭川新聞記者の秀雄(同墓)と結婚。東京に移る。
 比較的富裕に育ったつね子は貧窮生活によく耐え、秀雄の詩作活動を支える。 '26長男の焔を生む。同年旭川に戻り、秀雄は旭川新聞に復職。 1928(S3)新聞社を辞めた秀雄と再び東京に出るが、困窮生活の中で、つね子は病み、秀雄も喘息にあえぐ。 こうしたなかで秀雄はプロレタリア詩人会に参加、精力的に詩作、文芸評論、美術評論を発表するが、'40(S15)に結核で死没。 『小熊秀雄全集』全五巻には、つね子が保存し続けた未発表作品も多い。享年78歳。

<日本女性人名辞典>
<五輪塔様より情報提供>
<旭川文学資料研究会 沢栗修二様より情報提供>


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