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おがわ きよひこ

小川清彦

おがわ きよひこ

1882.10.2(明治15)〜 1950.1.10(昭和25)

明治・大正・昭和期の天文学者

埋葬場所: 5区 1種 6側 48番

 小川邦臣・マサの次男として生れる。東京物理学校卒業後、東京天文台勤務。 天文暦学史に関する種々の研究を発表したが、そのうち特に注目すべきものは、日本神武紀元に関する『日本書紀の暦日に就て』(S21)で、従来の渋川春海・中根元圭の第一・第二・第三期に分かったものと異なり、全面的に研究し直し、『日本書紀』編纂当時知られていた暦法により、神武紀より450年ごろまでは儀鳳暦平朔、450年ごろより持統紀までは元嘉暦によったものとの仮定により、『日本書紀』において三ヶ所の「閏」の字の脱落があるものとすれば、『日本書紀』の暦日を全部説明しうるという新説を立てた。 この説は長い間正式に発表されなかったため、正式の批評がなされていないが、有力な神武紀元の推定法として専門家の間に認められている。

<日本近現代人名辞典>
<MATSU様より情報提供>
<小川清彦のひ孫様より情報・写真提供>


 


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