本名は天年(てんねん)。熊本県鹿本郡中富村(鹿本町)出身。
寺院の長男に生れたが、家を継ぐことを望まず上京、早大英文科入学。
在学中キリスト教に入信、教会学校の活動に熱心に参加、その活動を通じて児童文学に関心を持ち、児童出版の編集者を志したという。
1909(M42)早大を卒業、島村抱月の推挙によって実業之日本社に入社と決まったが、健康診断の結果静養を命じられて一時帰郷、
翌年正式に入社した。
まず「日本少年」の編集に加えられて実務修得の上、同年8月号「少女の友」から星野水裏主筆のもとで編集に携わった。
'13(T2)1月には最初の単行本『涙の物語』(実業之日本社)を刊行。'18バーネットの『秘密の花園』を本邦初訳出版。
'14に「幼年の友」の主筆に任命され、4月号から四年間その任にあった。
'20水裏が出版部長に転出したあとを受けて「少女の友」主筆に任命される。
一時「婦人世界」の主筆に転じたが、'27(S2)には「少女の友」主筆にもどり、以後'32勇退するまでその職にあった。
退職後も翻訳作品を寄稿するなどひきつづき「少女の友」との関係は深かったが、翌年死去。
「少女の友」'33年6月号には内山基ほかによる追悼記事が掲げられ、のちに読者有志は墓前に石燈を献じて追慕した。
同じく墓所内には岩下天年墓誌碑も建ち簡略歴が建つ。