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いしざか ようじろう

石坂洋次郎

いしざか ようじろう

1900(明治33)〜 1986(昭和61)

昭和期の小説家

埋葬場所: 21区 1種 1側 1番

 青森県生まれ。郷里の女学校などの教壇に立ちながら創作をはじめ、1927(S2)処女作「海をみに行く」が雑誌∋暗鎚験悖に掲載。 青春小説「若い人」が第一回三田文学賞を受賞。36「麦死なず」でも好評を得たが、右翼団体の圧力をうけ教員を辞す。 39上京。戦後、47「青い山脈」を「朝日新聞」に連載、映画化されて一世を風靡した。 その後、「陽のあたる坂道」「光る海」「石中先生行状記」など庶民的明るさと正義感を持つ作品を次々と発表した。

<コンサイス日本人名事典>


*うら子夫人の没後に自身が建てた墓所である。


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