メイン » » » 石河幹明
いしかわ かんめい

石河幹明

いしかわ かんめい

1859.11.11(安政6.10.17)〜 1943.7.25(昭和18)

明治・大正・昭和期の新聞人、
伝記作家(福沢諭吉)

埋葬場所: 12区 1種 13側

 水戸出身。水戸藩士の石河竹之助幹孝の三男として生まれる。水戸の自強舎で学ぶ。 さらに師範学校内の中学予備校(茨城中学校)に進学する。1881.5.1(M41)慶應義塾の正則(普通部)に入塾、さらに本科(大学部)に進む。
 1885(M18)時事新報社に入社。最初、外国電報の翻訳等に従事していたが、1887から福沢諭吉の指導の下に社説記者となった。 後に時事新報主筆。当時の時事新報の社説は福沢諭吉が自ら筆を執っていたが、記者に口授して起草させ、草稿を修正添削をした上で紙上に掲載をしていた。 石河は福沢諭吉に仕えた社説記者であった。このような福沢諭吉に仕えた社説記者は中上川彦次郎にはじまり、渡辺治、高橋義雄、菊池武徳、北川礼弼、堀江帰一がいた。石河は高橋の後を継ぐ形で担当し、'22(T11)時事新報社を退職するまで仕えた。
 '23慶應義塾評議委員会の委託により『福澤諭吉伝』全4巻を執筆開始。同年、「福澤先生伝記編纂所」を開設。 '25(T14)12月から'26(S1)にかけて『福澤全集』を刊行。'32『福澤諭吉伝』を出版。'33より翌年にかけて『続福澤全集』を刊行。'35『福澤諭吉』を出版した。



関連リンク:



| メイン | 著名人リスト・あ | 区別リスト |
このページに掲載されている文章および画像、その他全ての無許可転載を禁止します。