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いけだ かめさぶろう

池田亀三郎

いけだ かめさぶろう

1884.5.21(明治17)〜 1977.4.2(昭和52)

大正・昭和期の実業家

埋葬場所: 10区 1種 3側

 山形県酒田市浜町出身。池田亀蔵の6男として生まれる。1909(M42)東京帝国大学工科大学採鉱治金科卒業後、三菱合資会社に入る。九州、北海道の炭鉱に勤務、'20(T9)三菱鉱業 美唄鉱業所長、'25本社技師長、'28(S3)常務取締役に就任した。
 岩崎小弥太社長の信頼が厚く、三菱石油を経て、'34三菱石炭油化工業の設立、'39その後身の日本化成工業(三菱化成)の社長となる。更に旭硝子、武田化成、三菱社、三菱マグネシウム、ライオン油脂、日本アルミニューム、東洋カーボン、化成品配給の取締役を兼ねた。加えて、硫安肥料製造業組合理事、商工省有機合成事業委員会、化学工業統制会、重要産業協議会、航空工業会、日本経済連盟、化学工業連盟の公職に就く。
 敗戦後、'46三菱解体で、公職追放。'50解除後以降は、経団連理事、経団連評議員会副議長、工業技術協議会委員(通産省)、行政審議会委員、東京都産業教育審議会会長、輸出入取引審議会委員、産業合理化審議会委員、日本関税協会常務理事、(社)公正取引協会理事、全国資産再評価調査会委員(国税庁)、山形県産業教育振興会顧問、石油化学工業協会会長、水質審議会委員(経済企画庁)、科学技術庁顧問など、数えきれないほどの公職に就き、率先して先端事業である石油化学事業に取り組むと同時に、業界の編成とりまとめ、その育成に尽力した。
 事業としては、'56三菱油化を設立し社長に就任。'57日本合成ゴム設立取締役、'63日本プタノール設立し社長、'65鹿島コンビナート建設協議会を設置した。日本経済に大きな影響を与え、日本の石油化学工業を復興させた第一人者、化学工業の先覚者としての功績により、'70勲1等瑞宝章受章。'74秋頃より東京女子医大病院に入退院を繰り返すようになり、'77同病院にて逝去。享年92歳。

<コンサイス日本人名事典>
<講談社日本人名大辞典など>


*墓所には二基。正面和型「池田亀三郎家墓」。右に洋型「増岡家之墓」。「池田亀三郎家墓」の裏面には「昭和二十六年六月 池田亀三郎 建之」と刻む。増岡家の墓石は右面に「平成十九年七月吉日 増岡暉 建之」。墓誌などはない。妻はよし子。

*他墓所として京都の東本願寺があるという情報もある。また、郷里の酒田市の安祥寺にある代々の池田家墓地にも分骨されているようだ。

*山形県酒田市の浜田小学校の隣にあった別荘を、生前に酒田市に寄贈し、現在この建物は「清亀園」として各種文化事業に利用されている。


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