歴史が眠る多磨霊園


いいじま こうが

飯島光峨

いいじま こうが

1829(文政12)〜1900.2.11(明治33)

明治期の日本画家

埋葬場所: 4区 1種 7側 13番

 江戸で生れる。名は義明、後素堂とも号す。
 沖一峨に師事、南宋画を修める。同門に佐竹泰峩(永湖)、松本洋峨(楓湖)らがいて、 1855(安政2)師一峨が歿する。明治維新後、内国勧業博覧会に1877(M10)第一回、 1881(M14)第二回と出品、内国絵画共進会に1882(M15)第一回、1884(M17)第二回と出品、 1885(M18)前年フェノロサらにより結成された鑑画会の第一回展に「桜花」「秋草」を出品、 1896(M29)日本絵画協会第一回絵画共進会に「小児十二ヶ月図」で二等褒状を受ける。 花鳥画を得意とした。

<20世紀物故日本画家事典>
<MATSU様より情報提供>
<森光俊様より写真提供>

*墓所内には記念碑が建つ。


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