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あさの おうすけ

浅野應輔

あさの おうすけ

1859(安政6)〜  1940(昭和15)

電気工学者(海底電線)

埋葬場所: 8区 1種 7側 2番

 医師大野意俊の三男として備中国帯江新田(岡山県)生まれ、4歳のとき叔父浅野玄岱の養子。1881(M14)工部大学校電信科卒業、同校の教官になる。翌年、助教授になるも、84逓信省に転任。 91東京電信学校校長、電信電話の弱電流工学から電灯電力の強電流工学の研究に精通し、日本の電気工学の権威となる。
 94から二年間、欧米に留学し、大西洋横断海底ケーブルの工事を視察。帰国後、長崎・台湾間の海底電線敷設を指導し、難工事のすえ、97に完成。 99工科大学の教授を兼任し1917(T6)より専任、翌年退官するも、19東京帝国大学(東大)名誉教授の称号を授与される。電気単位や電気事業取締規制などの制定に尽力。墓の裏面に略歴刻。

<近代日本の先駆者事典>


*墓石裏面に略歴が刻む。


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