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ありき しゅんらい

有木春来

ありき しゅんらい

1898.2(明治31)〜 1981.3.4(昭和56)

大正・昭和期の教育者(国本学園)

埋葬場所: 5区 1種 19側

 北海道出身。女子学院、津田英学塾に学ぶ。1922(T11)小樽市高等女学校で英語教師を務める。有木基(同墓)と結婚するが、'39.2.22(S14)夫が逝去。 夫の遺志を具現するため婦女子の教育に献身を志した。「国の本は家にあり、家の本は身にあり」「礼を重んずるは国の本を為す所以なり」という孟子の『礼記』を標榜し、1942(S17)國本高等女學校を創立。校舎を世田谷区喜多見に完成させ開校した。
 戦後の国本学園は、'47女子中学校、'48女子高等学校、'53幼稚園、'54小学校を設置。理事長兼任校長として発展させる。 校訓は「真心の発揮」「自然に対する素直さの涵養」「恩を知り恩に報ゆる心の育成」。'71教育功労者として勲4等瑞宝章を受章。 主な著書に'57『おむすび』、'68『父祖の年輪』、'71『まゆ』、'76『みのり』、他に『有木基遺稿と追憶』がある。享年83歳。


《教育語録》

『良心に素直である限り、心に笑いが絶えない』

『苦しみの中から情熱が生まれる。安易な生活から感激は去っていく』

『頭脳で理解した時と身体で了解した時とでは、意味も理解の度合いも全く別物である』

『目は心の窓であり、心の中心は良心であり、真である』

『あなたの才能を伸ばすために努力することが、学校の生き甲斐である』

『生徒一人ひとりのなかにひそむ宝石のような尊い本性を発揮させ、発揚させ、輝かせることを目標にしています。それを発見し、伸ばすことが国本教育の力であると考えています」

<国本学園HP 「創立者有木春来先生について」など>


*墓所には3基。正面に和型「有木基 命 / 有木春来 命」、右面に二人の没年月日が刻む。右側に五輪塔、その入口手前に観音様を象った墓石。


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