慰霊碑 等



多磨霊園の慰霊碑

【多磨霊園の慰霊碑】
 


《多磨霊園慰霊碑一覧》
1東京都教職員慰霊塔 8区 1種 17側
2救世軍墓地 7区 1種 5側 1番 :救世軍士官墓地(士官)
2区 2種 2側 23番:救世軍人墓地(チャールズD)
2区 2種 14側 42番:救世軍社会部墓地(社会事業)




 1. 東京都教職員慰霊塔 8区 1種 17側

東京都教職員慰霊塔

 墓所入口右手に「教員慰霊塔」と刻む石柱が建つ。左面に「社団法人東京市小学校教員會」と刻み、右面に「紀元二千六百年仲秋建之」と刻む。社団法人東京市小学校教員會は現在「公益社団法人 東京都教職員互助会」である。
 この慰霊塔は東京市小学校教員會が、1927(S2)より建設の準備を始め、1940(S15)秋に竣工し、同年12月に第1回追悼式が執り行われ、以後、東京都教職員物故者追悼式として毎年10月に挙行されている。追悼式にはご遺族の方々をはじめ、東京都教育委員会教育長、教育関係者など多数臨席する。東京都教職員慰霊塔内には、物故者の名前を名碑板に刻み納めている。
 2018(H30)に前年4月から翌3月までに亡くなられた教職関係者722人の尊名を新たに納め、2018年現在で 34,035 人の教職関係者を追悼し、ご苦労を称え、尊名を納めている。

<東京都教書金互助会の追悼事業に関して>


東京都教職員慰霊塔 東京都教職員慰霊塔

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 2. 救世軍墓地 7区 1種 5側 1番 :救世軍士官墓地(士官)
2区 2種 2側 23番:救世軍人墓地(チャールズD)
2区 2種 14側 42番:救世軍社会部墓地(社会事業)

救世軍墓所

 多磨霊園には日本救世軍財団の墓所が3ヶ所あり、救世軍として活動した英霊が眠る。
 プロテスタントのキリスト教の慈善団体「救世軍」。1865年にイギリスの牧師、ウィリアム・ブースと妻キャサリンによって、ロンドン東部の貧しい労働者階級に伝道するためにキリスト教伝道会を創設。軍隊式の組織編制、メンバーの制服・制帽・階級章類の着用、軍隊用語の使用などを採用し、1878年創設者のウィリアムが「Not volunteer army, but Salvation army(義勇軍に非ず、救いの軍なり)」という天啓を受けに「救世軍」と改称。現在は特別協議資格を持つ国連NGOで、世界128の国と地域で活動されている。なお、英語の「The Salvation Army」を「救世軍」と日本語に翻訳したのは尾崎行雄である。
 日本最初の士官として日本救世軍の創設発展に尽力し、アジアで初めて中将の称号が与えられたのは山室軍平(15-1-11-1)である。


※写真は救世軍士官墓地(士官)

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