秘密の部屋

 子供の頃を過ごした田舎には、防空壕の名残などがあり、ここを秘密基地として、ガキ大将以下、皆で集まって遊んだものである。

今の子供達は、なかなかこのような場所もないし、物騒な世の中となって子供だけでそんな遊びをすることは許されなくなっている。

しかし、誰しも冒険にあこがれるもので、パソコンやプレステのゲーム、ハリーポッターなどでも、秘密の部屋や扉と言うものは、物語の中の重要な要素をなしている。

 このような場所は、たいてい魔物などに守られていて、これをやっつけることにより、財宝やら魔法の道具などを入手できるのが一般的である。

一方、現実の世界でも、敵から身を隠す為の秘密の部屋や、通路と言うのも多くつくられている。

忍者屋敷とか、志士が集まって計画を練った庄屋の屋敷、名古屋城など、抜け道隠し部屋などが色々とあったらしい。

現代の秘密の部屋の最たるものは、米国などの核シェルターであろう。

このように、現実に使われたもの、万一に備えたもの、空想の世界のものなど、様様なものが考えられ、つくられてきた。

かのサダム.フセイン秘密の地下室に隠れていたが終につかまってしまった。

 私の居た工場にも、秘密の抜け道があった。

それは、昭和20年代、激しい労働争議が全社で起こり、幹部は、炎天下で何時間も周りを囲まれ、トイレにも行かされず、吊るし上げを食ったという経験から万一に備えてつくられたものであった。

 工場の正面玄関から本館に入り、二階に上がると、両側に応接室が並んでいる。この廊下を右手に進んだ奥のかどが秘書室で、その右側が、工場長室である。

部屋に入ると、左側がデスクで、右側に会議机があり、幹部会議などをやるようになっている。会議場所の壁の向こうは、廊下に接する第一応接室となっている。

会議場所側の窓際が、幅1m、奥行き2mほど、第一応接室側に食い込んでいて、ここに予備の椅子などが置いてある。

 実は、ここが抜け道で、ここに小さな扉があり、第一応接室に抜けられるようになっていたのである。

小生は、がきの頃からこのような秘密の場所が好きで、会社に入っても、他部門であろうとどこであろうと、工場の中のあらゆる所を見て回ったが、ここだけは、ある程度、地位が上がらないと知ることが出来なかった。

そんな所が、平成の初めまでそのまま残っていると言うのもおかしなもので、小生の工場長時代、応接室を改造し、つぶしてしまったのである。

名古屋に来て、稲沢の工場に来て見ると、この工場もつぎはぎだらけで、まことに面白い。

そして、秘密部屋的な所も数多くあることを発見した。秘密部屋の物置にある古い机の引出しには、古い靴が片方入っているとか、ロッカーの上には、三年前の時刻表がほこりをかぶっておいてあるとか、秘密の部屋と言うにはあまりにも汚なかった。

立派な家に住み、立派な仏壇を飾る名古屋人らしくもない。

色々と文句を言い、金もかけた。もっとも効果的なのは、居心地がよい?今の場所を潰すことである。

これで、一年ほど経ったら、少しはきれいになったと思ったのであるが、その後、ある時、現場を回っていると、なにやら奥のほうに階段がある。

あれは何だと行ってみると、物置だか、更衣室だか分からない最後の秘密部屋が見つかったのである。

 我々は、伝統とか歴史とか言って格好をつけるが、実は心の中にもこのような秘密の部屋に人には見せられないガラクタを隠しているのではないだろうか。

 こんな秘密部屋からは、めったに忘れられた宝物など出てこない。

思い切ってぶち壊し、中身をさらけ出して見る必要があるのではないだろうか。