副の仕事(2)――「謝り」について

 

 副工場長の仕事で、葬式についで多いのが「謝り」である。

 「謝り」は、大きく分けて、二つになる。それは、人身事故製品事故である。

 人身事故でも、色々経験したが、基本的には、総務関係の仕事であり、「副」の仕事は、指示判断が中心となる。

 しかし、製品事故は、簡単ではない。

 当工場の製品は、それが事故を起こすと、家庭であろうが、工場であろうが、電車であろうが、交通信号であろうが、何で も止めてしまう

 両隣の工場の製品である発電機制御機器のように、自己完結型(止まったら、自分が止まる)のではない。

 止まったら止めるのである。したがって、文句の言われ方も、中途半端ではない。

  したがって、「謝り」も、手順と言うものが大切になる。

 それは、大きく分けて、「現象に対する謝り」「原因に対する謝り」である。

 事故が起こったら、何はともあれ、「謝り」にいく。当然、原因は、まだ不明である。

 したがって、「このようなことが起こり原因が明確ならーー起こしてということになるがーー)大変、ご迷惑をかけ、申し訳 ありません。」と言う「謝り」となる。

 「電車に遅れて、会議に間に合いませんでした。皆さんにご迷惑をかけ、申し訳ありません」と言うのと同じである。

 そこでの顧客の反応は、「この野郎、ふざけやがって!!俺たちは、こんなに迷惑をこうむった。謝りにくる暇があったら 、早く原因を明確にして、対策品をもってこい!!」と言う段階から、「さっき、部下から報告がありましたよ、わざわざ、謝 り に来て頂き、恐縮です。しっかり、対策してください」までの様々な段階がある。

 一般的に、前者は、その後の対応がやりやすく、後者は、怖い。

 それは、次のステップである原因究明とその対策、そして、最終「謝り」の段階で明らかになる。

 そもそも、事故の原因を突き詰めていくと、「設計不良」「製造不良」「管理不良」「技術的難解」といったものに到達す る。

 誰でも、「技術的難解」と言う形にいきたくなるのであるが、後知恵であったとしても、 「あの段階で、こうしておけば、この事故は、防げたはず」と言うのが99%である。

 そうなると、99%の事故原因は、「設計不良」「製造不良」「管理不良」といった俗人的なものとなる。

 それは、「電車に遅れて、会議に間に合いませんでした」事の原因を、技術的難解に求めることが出来ないのと同じであ  る。

 世の中が成熟化し、製品が成熟化していくにつれ、前者のように怒る顧客は少なくなってきた。すなわち、このように怒る のは、大抵、自分が同じような経験をしてきた人だからである。

 このような人は、事故原因を必ずしも厳しくは追及しない。製品や仕事には、事故や不良は起こるものだということを身を もって経験してきているからである。

 しかし、対策がどのようになされ、やっている人が信用できるかを良く見ている。

 徹底的に対策し、それが実行されれば、最後の「謝り」に行った時に「**さん、良い原因が見つかってよかったです ね」などといってくれる人も出てくるのである。

 しかし、時がたつにつれ、そのような人達は減ってきてしまった。

 いわゆる技術テクノクラートが支配する会社が増えてきたのである。

 彼らは、自分で事故を起こしたことがない。また、つくる方も、開発段階から製品に携わっていない。

 したがって、製品がどう管理してつくられたかをまず問題にする。

 何とならば、彼らは、完成し、成熟した製品を買ったのであって、以前のように、まだ、技術的に不明確な所が、製品 にも、使うシステム側にもあると言うという事を認識していた時代ではないからである。

 そこで、自分達の認定には、間違いがなく、製品も正しく作られていれば、問題を生じないと言う観点から判断をする。

 そうでなければ、その製品を買った自分達の責任となる。

 したがって、原因究明のために、あらゆるチェックシートを点検し、検査記録を調べ、最後には、管理者の資質まで問題とし 、その部門の体質を問題とし、工場長や事業部長、場合によっては、社長の再発防止の念書を要求したりする。

 そして、最後には、発生した被害の補償まで要求してくる場合もある。

 このような場合は、もはや、「副」の出番ではなくなる。「謝り」にいっても、主役の付き人である。

 皆さん、「謝」と言う文字がどのように使われるか、調べたことがありますか?

 「辞退」「辞職」「拒絶」「詫びる」「礼を言う」「衰える」など様々な意味がある。

 パソコンで「あやまる」と文字変換しようとすると、まず、「誤る」と出てくる所もなにやら意味ありげではないか!!

 「副」としては、最初は、「謝り」であっても、最後は、「謝、謝(シェ、シェ)」で済ませたいと心がけていた。謝られる時も、そのようでありたいものである。