副の仕事(1)――「葬」について  

 副工場長なるものを拝命した。

当時の日立は、工場プロフィットセンター制を取っており、工場長の権限と責任は、絶大なものであった。利益の出ている工場長ほど面白いものはないが、利益が出ない工場長は大変である。工場長の下で、収益の責任を持つのは、設計部長である。

設計オールマイティーと言われ、これまた、工場長に劣らぬ権限を持っている。

しかし、副工場長とは何か?

仕事の上では、二人の副工場長が、「電力と電機」「設計と製造」「遮断器、変圧器と送変電、受変電」と三つのマトリクスを担当することになっている。

しかしながら、どの製品も、100%自主開発寿命が長い

事故などで製品が止まると周辺のものを皆止め、社会的影響が大きい。しかも、製品の種類も多く、古い製品も多く、事故も多い。

また、受注活動も自分達でやらないと製品説明できなし、その他、大勢に埋もれてしまう。

 と言う訳で、正規のラインの仕事以外のもろもろの処理が、副工場長に回ってくる。すなわち、「冠婚葬祭、万歳、謝り」である。

5年半近くも、副工場長をやることになるのであるが、工場の大きな成長期でもあり、実にさまざまな経験をした。

中でも多いのが、葬」である。

工場内のみならず、関連会社、協力会社、電力会社などの幹部の縁者の葬儀には,必ず、誰かが出席する。

そのような場合、一部を除いては、大抵、副工場長の出番である。

 紫の袱紗に、工場長名香典を包み、礼服に威儀を正して、出かけていく。

義理で行くのであるから、出来るだけ、時間をかけずに済ませようなどと考えてはいけない。ともかく、葬儀には、早く行くことが大切である。

まず、余程の所でないと、駐車場がすぐに満杯になってしまう。

葬祭場では、受付などは、日頃、世話になっている人達が取り仕切っているから、早く行けば、良くきてくれたと言う印象を持ってくれる上に、前の方の席に案内してくれる。また、喪主先方の会社の幹部にも挨拶がしやすいと言うものである。

また、焼香の順番も早く回ってくるし、焼香がすむと、そのまま退席と言う形式が増えているので、後ろの方で、延々と並んで待っている人たちの中に知った顔を見つけては、挨拶をして退場すれば、外交の実を上げることができると言うものである。

国際的にも、葬式外交と言うのは、認められている。したがって、この時ばかりは、俺は、イスラム教だから、キリスト教の葬儀には行かないなどとは言わないでしょう。

 ともかく、神道、キリスト教、仏教の各派、全ての葬儀を経験させてもらった。

しかし、このような事を言っていられるのは、亡くなられた方と直接の関係が無く、年齢も、天寿を全うしたと言えるような場合だからである。

 工場などで、本人死亡と言う場合は、家族の悲嘆ぶりを見ているとやりきれない。

そして、不思議なことに、そのような人は、かなりの確率で、会社の保険に入っていなかったりするのである。

俺だけは、大丈夫などと言っている人が、不思議と、交通事故あったり、にかかったりする。

 このような事例が幾つかあり、これでは、困ると言うことで、半ば、強制的に、保険に入るようにしてもらった。

人の生死は、計り知れない。会社の保険は、それで、利益を出そうと言うものではなく、査定も本人の側に立って行われるのである。

家族を考えれば、必ず、入っておくべきであろう。