ケララ州にて(その2)

 最初のうちは、シーサイドホテルに泊っていたが、道路をはさんで、大きなデパート(マーケット)が出来た。すると、6時前から拡声器を使い、がんがんと大声で宝くじを売るようになった。うるさくて眠れたものではない。

 その内、対岸に、海外資本でマラバラホテルと言うのが出来、ここを定宿とすることになった。ここは、西洋風の観光ホテルで、空調などもきちんとしていて快適である。

 朝食は、西洋風のものも用意されているが、大抵、ドーサを食べた。スパイスが効いており、餃子風の柔らかいチャパティーにいろいろなものをくるんである。

ライムティーを飲みながら食べると中々おいしい。

 

 さて、工場に行く段になると、会社自慢の年代物のベンツが迎えにきている。

とにかく、車と言えば、国産のアンバサダーしかない時代である。

このアンバサダーと言う車は、新車よりも一年位乗ったものの方が値段が高いと言う代物である。(少し乗ったほうが、不具合な所が直されちゃんと走ることが証明されている。)

古いとはいえ、ベンツに乗っていると言うことで運転手は大いにそれを自慢している。工場に行く、道は、舗装などされていない。古いバスやら、けばけばしいインドの神話の場面などをペインティングしたトラックやらが、横を歩いている人や、牛、ひどいときは木材を運んでいるなどをけたたましい警笛を鳴らしながら追い抜いていく。

我々の乗ったベンツと言えば、さらにそれらを追い越そうとする。すると、前を行く運転手は対向車の様子を見ながら、手で追い越せと合図をしてくれる。しかし、その合図たるや、スピードを出してようやく、その車を追い越して,すぐにハンドルを切らぬと、対応車にぶつかってしまうギリギリのものである。こちらの運転手は、合図を見るなり、そのギリギリの間隙を縫って追越し、どうだ!ベンツはすごいだろうと自慢げである。

 スリル満点の中で、風景を見ていると、町の近くには、大きな敷地に塀で囲われた二階建ての家々があり、結構、裕福そうな生活をしている階層が住んでいる。

しかし、町から離れるに従い、四本柱で土間とやしの葉の屋根しかなく、なにやら、瀬戸物風の容器が幾つかおいてある日本の豚小屋よりもひどいような家も見えてくる。最下層のカーストの家であろう。

 


                                    郊外の道路

 会社の幹部は、殆どが、インドアーリア系の顔つきで、背も高く、堂々としている。

一時間も車に揺られてきたので、のどが渇いたろうと椰子の実を切って、汁を飲ませてくれる。冷蔵してあれば美味いのにと思いつつ飲ませてもらい、やかましい扇風機の下で打合せをする。その内、椰子の実の汁やら、紅茶やらを飲みすぎて、小便をしたくなり、トイレに案内してもらう。

この男子トイレが、英国風の物でその位置が極めて高い。もし、きれいなら、小生など、一物をふちに乗せてすれば、手で支える必要がないくらいである。英国系は皆高く、色々な国にいったが、ここはかなり極端な高さである。

 後で聞いた所では、当時の日立の副社長が来たが、この人は、有名な小男なので,お付の担当者がまさかトイレを直すわけにも行かず。30センチほどの台を作らせて置いて、トイレと言うと、それを持っていき、「どうぞ」とやったとの事。

 昼食は大抵、工場の中のゲストハウスで食べる。菜食主義者のマネージャーが、米の飯にヨーグルトをかけて、褐色の芋虫のような指でかき混ぜて食べているのを見ていると食欲が減退する。

 夜は、幹部が集まり、我々の歓迎会(費用はこちら持ち)をやってくれる。

ともかく、幹部は、昼は弁舌さわやかで、言い訳は天下一品であり、仕事はしないが、夜はこれが楽しみで、皆、やってくる。

インド産の酒と言えば、ラム酒のほか、ビールやウイスキーもあるが、中に澱が浮いているような物が多く、我々の持参したウイスキーなど、大いに喜んで飲む。そして、最大の目当てはその空き瓶である。前回は誰が持っていったなどと議論をした後、手に入れた男は、誠にうれしそうで、大事に鞄にしまっている。

我々も、一緒に酒を飲むが、うっかり、水割りなどは飲まぬほうが良いと言われている。

水は、大抵、ミネラルや炭酸であるが、氷は、水道の水であり、雑菌が入っていて腹をやられる。(小生は、ガキの頃から、川の水などを飲んだりしていたので、飲んでもやられない)

 食べ物は、幾つかの段階の菜食主義者も含めて、様々な物が出てくる。

インドの料理は、なんと言ってもスパイスの使い方が、千差万別である。中華料理などは、何でも食材とするが、数日食べると、もう結構、と言う気分になるが、ここでは、小生の舌に合うのか、あまり、飽きると言うことがない。

しかし、強烈なスパイスの味は、独特で、一見大したことのなさそうなライムの漬物を一切れ口に入れると、一瞬の内に、辛さが広がり、全身から汗が噴出してくる。

 椰子の葉の上におかず(カレー)を載せ、飯を乗せて食べるのが、昔風のやり方である。

指の使い方は、慣れているとはいえ、誠に上手く、逆Uの字型にしなって、巧みにカレーと飯を混ぜて口に運ぶ。

 一生懸命、まねをして、ようやく、飯がなくなり、「もう結構」と言う間もなく、後ろにいた給仕が、デカイしゃもじで、さっと飯をよそってしまうのには往生した。

 彼らは、どうしているかと観察すると、2,3回お代わりをして、美味そうに食べている。

食い物を腹いっぱい食べ、太り気味なのが豊饒のしるしであり、特に、女性は、サリーから太目の横腹が見えるのが上流階級という国柄である。

 アラビアンナイトに良く、でてくる「腹が冷たくなるほど食べる」と言う表現を思い出した。

かくして、色々と、冗談などを交えて、満腹となり、翌日、また、不毛の議論を繰り返すことになるのかと、こちらがうんざりしているのも知らず、宴は幕を下ろす。