北方4島

 スターリンと毛沢東は、第二次世界大戦後、仲たがいをして一次険悪な仲となっていました。

国共争っていた時代、上海は沿岸部という国防上の理由もあり、西安に工業の拠点をソ連の援助で造ったりもしたのですが、その後ソ連も引き上げてしまったのです。

 当時、ジョークで政治的不満を紛らわせていたポーランド人がこんなことを言っていました。

 

 スターリンと毛沢東が、ついに戦争を始めた。スターリンは、戦車を先頭に機械化部隊で中国に侵攻。

開戦初日、ソ連は100万人の中国兵を捕虜にした。

2日目、200万人を捕虜にした。3日目、400万人を捕虜にした。

3日目の夜、毛沢東がスターリンに電話した。「どうだ、まいったか!!」

 

 しかし、その後は、国境線なども決めて両者の紛争は無くなっています。

文化大革命が収まって、中国が技術導入などを始めた頃から、中国には、何度も行ったものです。

最初に買った中国の地図は無くしてしまったのか見当たりませんが、その後に買った地図でも、中国の考え方が良く分かります。

日本とソ連(当時)の国境、それは、国後、択捉まで日本となっています。これは線で色分けされているのみですが、最初買った地図では、「oqupied by USSR」とはっきり書いてありました。

 

 中国にとって、国後、択捉は日本領であるという認識はあるのでしょう。

しかし、それが日本にとって何かの役に立つかと言えば、そう言うことにはならないでしょう。

中国にしても、チベットは中国領と書いてありますが、歴史的に見れば、これはおかしいと思う人が大半でしょうから、余計なことに口出しはしないでしょう。

 

 将来、どうなるのか?様々な解決策が考えられますが、プーチンの名前が歴史に残るような解決策はどんなものでしょう?

「三島を日本に返還」と言うことでも納得しないでしょう。ロシアにとって、領土を返還すると言うことは、あらゆる所で問題を起こすからです。ヨーロッパ、中央アジアなど、領土問題を歴史云々で話しをしたらキリがありません。

「三島(または4島)を日本とロシアが共同主権を持ち、南極と同じように、住民は住まわせない。(今居る人達は、日本が引き取ってもよい)開発は行わない。場合によっては、知床、択捉も含めて世界遺産とする」位のことを考えてみたらどんなものでしょうか?

 日本もここの先住民であるアイヌ人を明治時代、強制移住させたという歴史もあるのです。

戦後のスターリンによる日本人の強制労働も問題ですが、同じようなことを戦時中、自国民であるはずの朝鮮人に対しても日本は行っていたのです。

しかし、交渉に当たっての弱気は禁物です。「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」です。

第二次世界大戦以前は、このようなことが当たり前であったのです。これからの世界、このようなことをなくしていかねばならない、と言うのが理想でしょう。

しかし、平和が続き、人口が増え、地球は温暖化し、また紛争が起こる。今世紀中に何が起こるのでしょうか・・・