不思議な洞窟
天気もよく、風もない小春日和。しばらくぶりに自転車を引っ張り出し、前から疑問に思っていた海岸の洞窟に出かけてみた。
家を出ると、金砂大祭礼が行われた水木海岸である。
ここの空き地も、70年後の大祭礼の時はどうなっているの だろうか?
大祭礼の行われた海岸
海岸の散歩道に沿って北上していくと、河原子の烏帽子岩が見える。
この辺は整備され、海水浴場と漁港なっており、名残の浜菊 などが咲いている。
河原子漁港
烏帽子岩は、戦前の頃までは、岸との間を橋でつなが
れていたという。
烏帽子岩
ここには小さな津神社(津明神)があり、海を見る絶好の場所であった。
幕末に藤田東湖がここに来て呼んだ漢詩の歌碑や水戸八景に
ちなんで河原子八景の碑などが残っている。
津神社
藤田東湖の歌碑 河原子八景の碑
烏帽子岩から会瀬方面を見る
ここから北の海岸地域は、桜川の先は整備されてパターゴルフ、ドックランなどの場所となっている。
崖の上は、病院や会社の要害クラブなどの設備がある。要害クラブとは、ここに中世以来、砦があり、南北朝、佐竹と相馬の戦いなどの要衝でも在ったらしい。
手前の坂を上がり、245号線に出てしばらく行くと海岸に下りる道があり、数件の家があって、その先、数100mのところに問題の洞窟がある。
これは滝か?
(放水口から)
洞窟にむかって
(日が照って入る中央左下)
途中には、かなりの水量の滝???があり、その先の崖の途中には廃屋があるが何に使用したのか、今では道も無くなってしまい、下からは登れない。
その先が問題の洞窟である。
すぐ下まで波が押し寄せ、登るところは、鎖道であるが、これを止めている鉄の金具は錆びてやせ細り、何箇所か切れている。
こちらは、足場があって、簡単に登れた。洞窟から北側を見ると少し向こうは海に入った崖となっており、其処から先へは行けない様である。
第一、洞窟から降りる道は、何時かけたとも分からないロープが一本、6mほども岩場にかかって下り、足場は垂直である。下りようとして切れたりしたら連絡もとれず、誰も助けに来ることも出来ないだろう。
腐りかかったロープ 更に先の海岸
洞窟の中は二つの部屋になっており、水も沸いていて、そこで生活が出来そうな感じある。幾つかの生活用品らしきものも放置されていた。
誰かが住んでいたのだろうか??
何時、誰が、何の目的で作ったものかは、分からなかった。仏像でも彫ってあれば面白いのだがーー
分からぬまま、元の道を戻ると、途中はクコの群生地であった。(写真を撮り忘れた)数本抜いて、家にもって帰ることにする。
245号線を戻り、途中の湯楽の里と言うスーパー銭湯で汗を流して帰った。
自転車で10km弱、海岸の砂場を歩いて3km位、いい運動だろう。