校歌、工場歌、社歌、国歌

 記録には無いが、おそらく縄文時代から日本人には、があったに違いない。
色々な時に人々が集まり、酒を酌み交わし、歌を歌い、踊りを踊る。

 弥生時代になると、ほとんどの地方で「歌垣」と言う集まりが持たれた。

万葉集、古今集など様々な歌集が残っているのは、世界でも珍しい。

そして、和歌、俳句、狂歌、川柳、などから明治以降、近代詩が生まれ、外国の詩や歌も多く楽しまれるようになった。

小学校唱歌、「赤い鳥」の童謡、子供の頃から、演歌やポップス、様々な歌に慣れ親しんできたように思う。
今でも、中学の同窓会は最後に「兎追いしかの山、小鮒釣りしかの川」で終わる。残念ながら、小生の卒業した中学は、戦後に出来、まだ校歌が無かった。

そして、高校となるとこれはもう校歌である。明治の初めに作られ、日教組の教育された左派の学生や先生が、校歌廃止と騒いだと言う、とんでも無く古めかしい校歌

それでも、同期会ともなれば、これなくして終らない。

  大学の校歌は、「逝くものはかくのごときか、長江は昼と夜となし〜」と言う意気あまり意気が上がらないものである。覚えている卒業生も少ないであろう。

大学の応援歌は「春爛漫の大岡山に〜」と言うなかなかの歌だが知る者は、少ない。最近、大学の100周年記念誌に載っていたのを見て懐かしく思った。

 会社に入ると、集合教育などで社歌歌わされたが、これまた、大学と似たような曲である。おそらく、社員もあまり知らないだろう。
入社試験の面接で「社歌を知っていますか?」(馬鹿な質問?)と聞いたら「知ってます。この木、何の木〜」(利口な答え?)と答えたと言う笑い話がある位である。

 したがって、社歌よりも工場歌の方が、調子がよく、皆が知っていた。工場50周年で、物つくり50年史をつくるので何かご意見がありますか?と言うから、すでに10年前までは纏めて出版されているので「工場歌」があれば、後は何もいらないのでは無いかと冷やかした。

 最後に国歌であるが、最近、国歌が古めかしいとか、フランス国歌のようなものが良いとか、卒業式に君が代を歌わず、起立もしないで処分され、裁判を起こして勝った負けたといっている連中もいる。
そんな人は、誰かの葬式に行って、俺はキリスト教だから、導師入場、一同後起立願いますと言われて、起立しないのであろうか。

そして、第二国歌があればいいなどと言う人がまた出てきた。

日本の国歌、それは、「君とは、貴方」と思い、皆がまとまって永遠に続くと言う意味だと解釈すればいいと思う。世界の国歌の歌詞を皆、曲なしで訳して並べてみればよい。戦争だ!革命だ!で、何だこれは!と思うだろう。日本の国歌が一番、平和な内容である。

 皆の精神を高揚し、気持ちよくさせるのはさしずめ、応援歌だろう。

日本の応援歌、それは「軍艦マーチ」ではないか?!“日本軍国主義を非難する北朝鮮系のパチンコ屋”でも良く聞いたものである。