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ひとりごと

父と宮沢賢治の 思い出
 
 
 
私の父は、祖父の仕事の都合で青年時代を岩手の花巻で過ごした。
先輩に宮沢賢治がいた、旧制中学、師範学校を出て、小学校の教師になった。
 そのためか賢治の文学に多く触れ、初等教育に熱心だった。

 家には、宮沢賢治童話全集があり、私は、小学校に上がる前から賢治の世界に浸っていた。
 雪が降ると「雪ん子」と出会った気になり、いつも使われない二階の座敷には「座敷童子」が居ると思い込み、風の音がドッドドドドーと聞こえ、山道では「おんばさ」がでてこないかビクビクしていた。

 特に思い出深いのは、賢治の「どんぐりと山猫」の話しだ。

 ある日一郎の所へ山猫からの「めんどなさいばんしますから、おいでんなさい。」という奇妙な葉書に誘われて一郎は山猫を尋ねて行く。
 そこで、たくさんのどんぐりがやって来て、「めんどなさいばん」が始まり、誰がいちばん偉いのかを決める。
頭の尖ったのや丸いのや大きいのや、背の高いの低いの、それぞれが自分が一番偉いとワイワイガヤガヤ大騒動になる。
 山猫裁判長は困ってしまい、一郎のアドバイスで「一番馬鹿でめちゃくちゃで、まるでなっていないようなどんぐりにする。」と、判決を言い渡す。
 これを聞いたどんぐりは《しいんと堅まって》しまう。

 子供の私は父に、「馬鹿でめちゃくちゃでまるでなっていないのがなんで賢いのか?」と聞いた。
父は、「じゃあ、どんなどんぐりが一番賢いと思う?」と聞き返された。
いくら考えても解らない私に「しばらく考えてみなさい。」と言い教えてくれなかった。
一向に解らない私は、そのうち考えるのがバカバカしくなり、父に言うと、
「やっと解ったみたいだね。誰が一番偉いのか決めるなんて、本当にバカバカしいことだね。 この本を書いた人は、世の中みんなお日さんの光を浴びて、平等なんだと教えてくれているんだよ。」と言った。
 その父も、亡くなって九年になる。
私もいつか、父と賢治の育った花巻に行ってみたい。                    
(2000/9/21)

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