- ゼルダの伝説 オリジナル小説 -
第13章 闇に飲み込まれた森 作者:アナザー


 青年は、サリアの待つ”森の神殿”を目指し、コキ
リの森入り口までエポナを走らせた。思い出の中にあ
る懐かしき故郷は、サリアの声と同じく変わらぬもの
であって欲しかった。だが、青年の素朴な願いなど、
無情なる時の流れの前では無力だった。ハイラルの大
地を襲った呪わしき力の前では、コキリの森を特別の
場所と思うのは、そこを故郷と思う者のみであり、呪
わしき力はそこを特別扱いなどしてはくれないのだ。
青年は自分の大切な何かを犯されたような悔しさを覚
えた。

 コキリの森に入った途端、青年の背を越す大デクバ
バが襲ってきた。青年はコキリの森で、マスターソー
ドを抜きたくはなかった。いつも平和なコキリの森と
思っていたかった。だが抜かざるえなかった。そし
て、いきなりコキリの森で巨大なモンスターが襲って
きたので、青年は驚きを隠せなかった。大デクババを
倒し、周りを見渡すと、森は薄暗くモンスターで荒ら
され、異臭と湿気が漂っていた。かつて青年の記憶の
中にあるコキリの森とは、似ても似つかない、変わり
はてた状況だった。だが、モンスターが出没するよう
になってしまったコキリの森にあっても、コキリの仲
間達は変わっていなかった。が、成長した青年がかつ
ての仲間であると気づいてくれる者はいなかった。青
年は、懐かしさと寂しさを噛みしめていた。懐かしさ
が大きい程、寂しさもまた大きかった。何よりも、コ
キリの森が小さく感じられたことが、寂しかった。か
つて足の届かなかった川が、成長した青年にとって単
なる水たまり程度の浅い川でしかなかった。時が変え
るものは、状況ばかりではない。時は自分をも変えて
しまうのだ。さらに、コキリ族が成長しないことで、
自分だけが変わってしまったという疎外感が一層強く
感じられた。迷いの森では、スタルキッドとミドに出
会った。かつてサリアの歌を通して心を通わせたスタ
ルキッドも、7年もの間一日たりとも”少年”を忘れ
なかったミドですら、青年のことがわからなかった。
青年はサリアの歌を何度も奏でた。変わってしまった
自分と変わらぬ彼らと結ぶ雄一のつながりは、その緑
の調べだけだったのだから。ミドは青年に心を開いて
くれた。だが、それでも青年と少年を結び付けて考え
てくれはしなかった。少年時代を思い起こさせるミド
の行動や言葉だけが、青年をわずかに慰めてくれた。

 かつてオコリナッツの巣だった森の聖域までの道
で、青年は槍を持った巨大な怪物を目撃した。何事が
起こったのか把握できない程の驚き。青年は、突進し
てくる怪物を避け、無我夢中で森の神殿の手前まで走
り抜けた。森の聖域ではかつて、サリアが腰掛けてい
た切り株が、静けさに包まれ、そこにあった。ふと、
サリアがそこでオカリナを吹いているような気がし、
彼女の匂いが鼻をかすめたような気がした。何者かの
気配が、青年の懐かしさを打ち払った。シークだっ
た。彼は青年に”森のメヌエット”を伝えると姿を消
した。シークの存在は謎だったが、今の青年には、シ
ークよりもサリアのことが気掛かりだった。旅立ちの
時に見たサリアの姿は、今でも青年の心に残ってい
た。もう一度会いたい。無事でいて欲しい。彼は、そ
の気持ちにせき立てられるように、木にフックショッ
トを打ち込み、森の神殿へと入り込んだ。


第13章 闇に飲み込まれた森
 2005年11月12日  作者:アナザー