- ゼルダの伝説 オリジナル小説 -
第8章 高原の牧場 作者:アナザー


 カカリコ村からハイラル平原へと出た少年は、橋を渡った時に正面の彼方に見える建物の影に興味を持った。ひとつの冒険を無事に乗り越えた少年が、未だ立ち入ったことのない場所に興味を持ったのは、ごく当然のことだった。しかも、城下町で、ロンロン牧場の ウワサを聞いていた少年は、「牧場」という聞き慣れない場所に好奇心をくすぐられたのだった。

 ハイラル平原の中央に位置するロンロン牧場は、城で出会った”タロン”、”マロン”親子と使用人”インゴー”の三人で切り盛りしている。そこで採れる牛乳は、ハイラルの人々の生活を支える貴重なタンパク源であり、その味の良さと栄養価の高さから王室御用達の牛乳として評判が良い。ロンロン牧場のラベルがついたビンは、洗っても何度も使えるリターナブルビンで、リサイクル以上に環境への配慮がなされていると評判だが、実のところ新しいビンを作るのをタロンが面倒臭がっているということが本当の理由らしい。そのタロンが牧場でも相変わらず居眠りしているので、少年は驚いた。彼は、どうしてこんなに眠いのか、ということを考えるのも面倒くさいくらい眠かった。眠っている間は仕事をしなくてもよい。眠ることに忙しいからだ。夢の中で働いているので、働いた気にだけはなる。起きてみれば、マロンやインゴーが仕事を片付けてくれているので、それはそれでいいや、と思ってしまう。毎日がそのくり返し。彼が雄一起きるのは、訪れた客に”ロンロン牛乳”が景品の”スーパーコッコ当てゲーム”をさせる時くらいなものだった。

 物心ついた頃には母がいなかった娘のマロンは、父の手伝いをするうちに、しっかり者というイメージで周りに見られるようになった。ワタシがしっかりするようにわざとのんびりしているんだわ、と父親に感謝していた時期もあったが、そうでないことに気づき、父の改心を望むが願い届かずけなげに働いていた。元々、馬の世話が嫌いではなかった彼女は、そんな生活が取り立てて不満という程ではなかった。特に、彼女を慕うような小馬の”エポナ”の世話は楽しいものですらあった。彼女は仕事の合間、エポナが喜ぶ”エポナの歌”を、よく口ずさんでいた。マロンは少年が小さなオカリナをかざしているのを見て、一緒に歌いましょうと、その歌を教えてあげた。少年がその歌を吹くと、元気な馬達の中でも一匹だけ自分を避ける小馬が、トコトコと近づいて来てくれたのだった。少年はその小馬がエポナだとわかり、なついてくれた事が少し嬉しかった。

 この牧場で、少年は初めて人間に慣れた動物と出会った。人間と動物の共存が、これほど温かな触れ合いだとは思ってもみなかった。マロンとエポナの羨むような関係をいつまでも側で見ていたかった。だが、ナビィがそれを許さなかった。3つめの精霊石をゾーラの王が持っていることをオカリナを通してサリアに聞いた後、ナビィはしきりに騒いだ。ナビィのしつこい声に従うように、少年はゾーラの里を目指した。世界の平和を担う運命にあるとはいえ、まだ幼い少年は、目の前で次々と起こる未知の状況の一つひとつに夢中になり、いつまでも遊んでしまいそうだった。それを感じ取っていたナビィは、あえてしつこく少年を導いた。本当は、ナビィも少年と一緒に、いつまでも遊んでいたかったが、「ナビィが導いてくれる」というデクの樹の最後の言葉が、ナビィに使命感を与えていた。



第8章 高原の牧場
 2005年7月29日  作者:アナザー